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思い出の新書

今月からはじめる新コーナー「思い出の新書」。これまで読んで心に残った新書を、著名人の方や書店員の方に紹介してもらう企画です。

第一回は、数多くの著書を持つ、国際コンテンツ契約の第一人者である福井健策・弁護士に、思い出の新書をご紹介いただきました。

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はじめまして、福井と申します。私が今回ご紹介させていただくのは、言わずと知れた法律関係の名著、故・川島武宜先生による『日本人の法意識』です。

私が今持っている版は2008年に出た64刷のもの。初版は実に1967年。約半世紀も前の本ながら売れ続け、いまなお大型書店だと見つかる可能性も高い、大ロングセラーとなっています。

本書が主題とするのは、タイトルの通り、日本人の法律に対する意識です。

例えば、

"日本人は法律や契約を単なる建前だととらえる傾向にあり、現実の問題は話し合いや人間関係で解決に至ると考えたがる"

"裁判を起こす人間は社会的に忌避される傾向が強い"

と言われたら、多くの日本人は「うん、うん」とうなづくのではないでしょうか。

事実だとすれば、それはなぜなのか。それは、私たちの強みなのか、後進性なのか。

本書では、権利義務・契約・裁判といった西洋近代社会の基本ツールを明治の日本が受容して以来、人々の行動や意識とどのような「ずれ」が生じてきたか、そして日本に根付いている法の意識とはどのようなものなのかを、今でも十分に読みやすい、極めて明晰な表現で書かれています。

内田樹さんは同書を指して、「頁を開くと頭に一陣の涼風が吹きぬける」と語りました(岩波新書70周年記念帯より)。

小さいけれど大きな本

著者の川島先生は法律と社会との関係性を考える法社会学の大家。本書で書かれた日本人の法意識については「川島テーゼ」と呼ばれており、その後の日本の法社会学は川島テーゼに則って議論を展開するか、あるいは川島テーゼを克服するような反証を構築するのか、というぐらい、挑戦すべき巨大な山となっています。

本書は『ビジネスパーソンのための契約の教科書』(文春文書)を書く際の資料として改めてきちんと読んだのですが、当時弁護士15年目の経験からみても、いちいち腑に落ちることばかり。『契約の教科書』の中でも多数引用させていただきました。

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最初の新書(『著作権とは何か』集英社新書)を出す時に、担当編集者に言われたことが「小さいけれど、大きな本を書いてください」ということでした。当時はその意味をうまく咀嚼できていませんでしたが、川島先生のこの本に出会った時、まさしく手のひらに納まるサイズの中に、大きな洞察と知恵が広がっている、そんな本だと感じられました。

想像力と数百円

日本の読書文化を支えているのは、この「小さいけれど大きな本」たちだと思っています。

2011年に発売された『日本のコピーベスト500』(宣伝会議)という本があります。この本は、広告クリエイターたちが歴代の名作コピーを投票で選ぶという趣向のものなのですが、その中の第2位に入ったのが、「新潮文庫の100冊」に対して糸井重里さんが書いた「想像力と数百円」。

第1位が誰もが知っている「おいしい生活。」であることと比べると、地味ではありますが、文庫の魅力を存分に表現している素晴らしいコピーだと思います。まさしく、わずか数百円と想像力があれば、名作文庫や新書は私たちをどこまでも遠いところに連れて行ってくれるんです。

アメリカではいま、既にアマゾンでは電子書籍の売り上げが紙の書籍を越えたと言われています。しかしながら日本の出版市場における電子書籍の売り上げは以前低く、まだ1割にも達していません。時にこのような事例を引きつつ、「日本の出版事情は遅れている」という人もいます。

しかし、果たしてどうでしょう?

むしろ、電子書籍リーダー登場から数年で追いつき追い越される程度の、紙の書籍文化しか育んで来なかった米国の出版文化のほうが、「あわれな状況」と言うべきなのかもしれません。

安くて軽い。読みやすく、それでいてしっかりした装丁。日本人と紙の書籍の相思相愛の形が、文庫や新書には現れているのだと思います。

幅広い議論を採録しているような新書も素晴らしいし、一つの世界観を深く掘り下げていく新書も、またよい。

小さいけれど大きな本に、これからもたくさん出会いたいと思います。

【著者略歴】 福井健策(ふくい・けんさく) 弁護士(日本・ニューヨーク州)/日本大学芸術学部客員教授。91年東京大学法学部卒。米国コロンビア大学法学修士課程修了(セゾン文化財団スカラシップ)など経て、現在、骨董通り法律事務所代表パートナー。think C世話人、国会図書館審議会ほかの委員、「本の未来基金」ほかの理事を務める。