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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。2014年2月刊からは、岩波新書より、小長谷正明さんの『医学探偵の歴史事件簿』を取り上げます。(構成・岡田寛子)

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理系と文系が出会う”知の交差点”

菊地 今回の本は店頭で見かけて、タイトルと”帯”のインパクトからおもしろそうだと思って選びました。帯コピーにある「歴史を動かした病気の謎を解く」という一文が、ものすごく気になりました。サイエンスとヒストリーが重なるテーマ、言い換えれば、「理系」と「文系」の両方に足を突っ込んでいるというところがおもしろそうだと感じました。

 おもしろかったよね。医療ミステリーのような切れ味もあって、とてもよくできている本だと思いました。また、テンポよく読めるように小さな章で全体が構成されています。それぞれの章で扱われているのは、ケネディやレーガンやスターリンなど、誰もが知っている歴史上の人物で、目次を読んだだけでも、読みたくなってくる。

好みはあると思うけど、僕は「第Ⅱ部」がとくにおもしろかった。この第Ⅱ部は、日本近代史の局面に立ち会った、著者の親族のエピソードが書かれているんだよね。

藏本 同感です。Ⅱ部は本当におもしろかったし、読んでいて驚きました。プロローグで著者が「近親者」と書いていたのが、昭和と平成の天皇の側近だった山本悟氏だったり。

 「小長谷」さんというお名前を聞いて、山本侍従長のご親族と分かる人は多くはないでしょう。

藏本 普通のお医者さんのエッセイなのかと思って読んでいると、すごい歴史に立ち会っている家柄だというのが見えてきてびっくりします。

 太平洋戦争の終戦処理にあたった父と、明治天皇の最期をみとった叔父から直接聞いた話というのは、やはり生々しさもあって本当に興味深い。ここはボリュームがほかのパートと比べて多いし、深掘りしてあって、読み応えがあるとこだよね。自分が編集担当だったら「Ⅱ部をふくらませて1冊にしませんか」と著者に持ち掛けたくなるくらい。

藏本 そう思います。

菊地 たしかに、この本の軸は第Ⅱ部にあると僕も思いました。この父と叔父の話を中心にして、そこから内容が広がっていったんでしょうね。

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キャッチコピー化していくタイトル

菊地 あとがきに「連載でお世話になった日本医事新報社への謝辞」というのがあるように、本書は、同社媒体で連載されていたエッセイをまとめたもののようです。テーマがバラバラのエピソードを「医学探偵の歴史事件簿」というタイトルでまとめたところに、編集者の「職人芸」を感じますね。極端なことをいえば、「探偵」とか「事件簿」という要素は、最後のパートにしかかかってこない。このタイトルと帯のコピーでつい買ってしまったというのは間違いありません。

藏本 おそらく、タイトルに合わせて書かれたのだと思いますが、「はじめに」がホームズの話題からはじまっているというところも「うまいな」と思いました。非常にわくわくします。

 もともとの連載のタイトルを知らずに僕らは話してるわけなんだけど、前書きにホームズやワトソンの話をしながら、うまく雰囲気を作っている。でも本編で探偵役の人が出てきてあれこれ検分するという仕立てになっているわけではない。あえて「医学探偵の歴史事件簿」というタイトルをつけたのは、著者か編集者のストーリーづくりの力ですよね。

タイトルを、中身が素朴に反映されたものにするとしたらたとえば『医学から見た日本史・世界史』のような感じになるんだろうけど、これだとどれくらいの読者が実際に本を手にするか……。教養新書でありながら、一般の読者が興味を持つ勘所を押さえた非常にうまいタイトルです。「ぜひ読んでほしい」という作り手の心意気を感じますね。

菊地 タイトルについては僕も思うところがありました。少し話は変わりますが、映画評論家の町山智浩さんが1月29日にこんなツイートをしています。

映画の題名は意味不明でいい。『ジョーズ』と言われてもさっぱり意味がわからない。『マトリックス』もそう。でも、一回聞いただけで繰り返せるし、忘れない。

この後に、最近の映画の日本語訳、たとえば

『それでも夜はあける』とか『あなたを抱きしめる日まで』は、一度聞いただけでは正確に復唱することができないし、覚えることができない

とも言っています。

これはいわゆる「”キャッチコピー”としてのタイトルをつける」という考え方ですよね。内容を十分にあらわしたタイトルにしようとすると、インパクトが失われる場合がある。『ジョーズ』も『マトリックス』も、たしかに何のことなのかはわからないけれど、「耳に残る」というような言葉として強さを持っています。

そういう視点でみると、今回とりあげたこの本は、まさにそういうタイトルの付け方をしているんだと思います。『医学から見た日本史・世界史』のようなタイトル付けに比べると「おもしろい」と思わせる言葉の響きがあります。

 まあ、それだったらあまり売れなかっただろうね(笑)。

藏本 読者によっては「タイトルが…」と思う人もいるかもしれません。でも、結論から言えば読み終わった後に「満足した」という気持ちになってもらえればいいんだと思います。

150万部を突破した『聞く力』(文春新書)も、タイトルから直接連想するような「聞くためのノウハウ」を羅列するのではなくて、著者の阿川佐和子さんが体験してきたエピソードで構成されています。「イメージしたものと少し違ったけど、おもしろかった」と、僕は思ったし、そういうような感想もよく見かけました。

また、これは個人的な体験ですが、中学のときに『勝負強さの育て方』(PHP文庫)という本を買ったことがあります。著者の山田久志さんは、阪急ブレーブスのエースで中日ドラゴンズの監督もされてた方ですが、僕は全く知らず、ただ勝負強くなる秘訣が知りたいと思って買ったわけです。そして読んでも勝負強さを鍛えるメソッドがわかる、というものではなかったですし、現在でも残念ながら勝負強さはないんですが、それでも山田さんの人生訓は、強く心に残っています。

タイトルの付け方は非常に悩みますが、本を手にとってもらうのが一番の目的で、内容を100%反映しなくてもよい、と僕は考えています。

 タイトルは僕らも特に悩むよね。弊社の3月刊に『ヤンキー化する日本』というのがあって、「日本文化を動かしているものは”ヤンキー”的なものだ」という著者の斎藤環さんの考えを、ストレートにタイトルにしています。

一方、前作で、この本ができるきっかけになった単行本の評論集のメインタイトルは『世界が土曜の夜の夢なら』というタイトルでした。この題名だけで内容がピンと来る人はそういない。でもこの本は、文化論に興味のある人々の関心を呼んで、かなりのロングセラーになった。

藏本 アマゾンのレビューでもまず出てくるのが「まずタイトルがイカしてる!」というコメントなんですよね(笑)。『世界が土曜の夜の夢なら』のタイトルは、先に出版されていた『俺たちには土曜しかない』という暴走族の手記や、それにひっかけた『俺たちには土曜日しかない』という気志團の歌から、着想したものなんだと思われます。土曜の夜っていうのは、不良少年たちにとっては抗争する日、彼らが一番輝いている時なわけです。

菊地 なるほど。ある意味、「本歌取り」なんだね。

藏本 そうなんです。だから、新書版のタイトルの候補としても『語れ、土曜の夜に』というのがありました。

原・菊地 (笑)

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菊地 僕は入社して6年間、営業の部署にいたので、今でもPOPを思い浮かべながらタイトルを考えることもあるんですね。パッケージとしてのコピーは「手に取ってもらう」ことが機能。ヴィレッジヴァンガードはPOPのキャッチコピーが本当にうまいと思います。

市場全体がそうだとは言い切れませんが、これまで話してきた「タイトルのキャッチコピー化」というようなことを、新書の作り手の僕たちとしては、とくに考えているのではないでしょうか。うちが実施した「全面帯にする」という手法も、その一環だったと思います。これは、メディアの方々にもたくさん取材していただいて注目を集めましたが、デザインで旧来の枠組みを外すということも含めて、これまでとは違うタイトルのものをという考えはあります。

手にとってもらうことが一番の機能だというふうに考えれば、本書はタイトルも帯もまさにその機能を果たしていると思います。

アラカルトであり、ニュース解説である新書

 本の話に戻るけど、二・二六事件を生き延びた鈴木貫太郎のエピソードを書いた章では、「一人の医学者の力が日本の運命を左右したのではないか」という壮大な世界観があります。これだけの内容を先頭に持ってくることをしないで、第Ⅱ部に入れて、しかも他のエピソードと並列の関係にしている岩波新書の編集方針に、僕は素晴らしい奥ゆかしさを感じました。

藏本 最近は新書の中でも、アラカルト的な本が人気を博している傾向があると思います。この本もその傾向に沿っていますね。

たとえば『炭水化物が人類を滅ぼす』という本も非常に売れていますが、あの本も「炭水化物と人類の関わり」という壮大なテーマと「炭水化物を食べないで著者が健康になった」という身近なテーマ、この二つの軸で成り立っています。もしかしたら、どちらかのテーマを掘り下げても成立したかもしれないけれど、あえてそうはしないというのが最近の新書の傾向かもしれませんね。

菊地 確かにそれもあると思うけど、本書に関しては「池上彰的」という表現が僕にはしっくりきます。「文系のためのサイエンスニュース解説」とでも言えばいいのか、な。「歴史事件を医学者の立場でわかりやすく解説します」ということを謳っている本なのではと思います。

そういう意味で僕は「隠蔽された炭疽菌事件」の章がおもしろかったです。最近で言うと「STAP細胞」もそう思いましたが、サイエンスジャンルのことをわかりやすく教えてほしいというニーズは多分にあると思います。本書は、池上彰さんの解説よりもより数歩突っ込んだような内容になっていて、なお満足できる内容でした。

 医学という立場だからこそ、歴史を政治的なスタンスの外から見ることができているということも感じました。歴史の解釈を変えてやろうというような野心や、説教臭さがなく、ある意味ドライな表現で歴史を解説している。たしかに、ニュース解説に通じるおもしろさがあるね。

菊地 登場人物は国のトップだったりするんだけど、「病気」というものに向き合ったときは、肩書きは関係ない一人の人間なんだという根本的な立場とも、本書が醸し出す雰囲気はリンクしているんでしょうね。

藏本 「人間、みな平等」ということですね。ヒトラーの手が震えていたという話では、医師の立場で書かれたドライな視点が、かえってヒトラーの人間味を伝えていたと思います。

僕が今編集を担当している『ツカむ!話術』という本は、ハーバード大学卒でお笑い芸人のパックンが、ハーバード仕込みのコミュニケーション術を紹介するというものですが、その中で、本書にも登場するレーガンのことを「グレートコミュニケーター」として度々参照しているんです。類まれな話術とユーモアを持っていたそうなんですが、『医学探偵の歴史事件簿』においても、そのセンスが光っていました。チンパンジーと一緒に撮った写真を見せながら「時計をした方が僕ですよ」と言ったというエピソードなんかがそれですね。

 他にもアルツハイマーだったにもかかわらず、大勢の前では完璧なスピーチをしたというエピソードがあったけど、それほど彼の能力はすごいものだったということだね。

菊地 というわけで、そのレーガンのコミュニケーションスキルについては、ぜひ『ツカむ!話術』を参考にしていただくということで(笑)。

(了)

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今月の参加者

 角川oneテーマ21編集長。2月刊では講談社現代新書の瀬木比呂志さんの『絶望の裁判所』がすごい。今回のテーマではないですが、題名も見事です。

菊地 角川oneテーマ21副編集長。2月刊行分では同じ岩波新書の佐々木幹郎さんの『東北を聴く――民謡の原点を訪ねて』が気になりました。あ、はい、僕は山形出身です。

藏本 角川oneテーマ21編集部員。2月刊ではないですが、時期ものと言うことで『桜は本当に美しいのか』(平凡社)を推します。歌人の水原紫苑さんが万葉集から今の桜ソングに至るまで、日本人の心象風景としての桜を描き出し、「桜ソングがなぜ流行るのか」を描き出します。社会学者の佐藤俊樹さんの名著『桜が創った「日本」――ソメイヨシノ 起源への旅』(岩波新書)とぜひ併せてお読みください。