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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。2014年5月刊からは、光文社新書『警視庁捜査一課長の「人を見抜く」極意』(著:久保正行)を取り上げます。(構成・松永麗美)

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新書の読者年齢層=テレビの視聴年齢層?

 今回のオススメは菊地くんが選んだ『警視庁捜査一課長の「人を見抜く」極意』(著:久保正行)です。

菊地 この本を選んだ理由は二つです。

まずは過去に著者の久保さんが東京法令出版から出した『君は一流の刑事になれ』と同テーマであるということ。これ、僕の積読本のうちの一冊でした(笑)。『君は一流の刑事になれ』はタイトル通り警察官に向けた内容なんですけど、昨年改題のうえ新潮社から文庫版が刊行されていて(『現着 元捜一課長が語る捜査のすべて』)。これは「単行本が出た際にきちんと売れた=このジャンルにはある程度の読者層が居る」という部分を見据えての文庫化だったと思うんですよね。

 確かに最初に単行本が出たときは話題になったよね。

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菊地 そこで前作と同じテーマを掲げた、この光文社新書『警視庁捜査一課長の「人を見抜く」極意』も同じ部分に目を付けて企画されたのでは? と思ったんです。

もう一つは、昨今の警察ドラマの隆盛です。東洋経済オンラインの記事によると、4月クールのドラマ19本のうちなんと8本が警察に関係する主人公だったそうです。これはテレビ朝日系列のドラマ「相棒」の大ヒットもあるでしょうし、警察小説もキャラクター小説化が進んだことでテレビドラマにしやすくなったことが大きいんじゃないかと。

藏本 そうですね、今クールは警察ものが凄く多かった印象があります。

菊地 僕は何回か前の座談会で、角川歴彦がかつて語ったた「ブラウン管の周りに出版のチャンスがある」という言葉を引用したんですよね。現在の新書における「警察モノ」の需要はこの警察ドラマの隆盛、あとテレビの視聴者層の変化に大きく関係していると思うんです。

 と言うと?

菊地 ざっくり言うと「新書の読者年齢層と民放地上波の視聴年齢層が合致しているのではないか?」ってことです。

 なるほど、確かに菊地くんが言うように、若い世代のテレビ離れが進む一方、いちばんテレビドラマを見ている世代と言えば新書読者層と合致する壮年〜年配層の方達だからね。そう考えると、ここ最近の警察ものへの需要の高まりの背景にテレビと新書読者層の親和性があるという話はありそうだよね。

菊地 実際類書も結構あって、この6月にはNHK記者クラブのキャップを務めた今井良さんが書かれた『警視庁科学最前線』(新潮新書)が、1月には『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(著:オフィステイクオー)、更に少し前の昨年10月には警察ドラマのトリビア ドラマを100倍楽しむためにが竹書房から発売されています。

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本質を見抜く力とは

菊地 原さんは、弁護士である弘中惇一郎さんの『無罪請負人 刑事弁護とは何か?』を担当されましたけど、本書についてはどうでしたか? 検察と警察の違いはあるにせよ、遠くないテーマですよね。

 『無罪請負人』とはまるで逆の立場の方による書籍なわけだけど、警察の心情や仕事ぶりを、コンパクトに知ることができる良書だと思った。警察の捜査や取り調べを可視化せよというのが大きな声になりつつあるわけだけど、単に周りの声に流されて同意するのではなく、現場の事情を知ることは大切だよね。今のような状況になったのにはそれなりに理由があるわけで、そこを知らないと本当の解決には結びつかないと思う。

テレビでよく放送されている「密着警察24時」みたいな番組も、それと同じ枠割を果たしてるんだよね。ああいった番組がどうして作られるかっていうと、警察官という仕事が嫌われることの多い職業だからなんだよ。

藏本 どういうことですか?

 それが仕事だから当たり前なんだけど、交通違反で切符を切られたり職務質問で声をかけられたりすることで、「警察」に対して嫌悪感を持ってしまう市民ってやっぱりいるじゃない。だから番組で頑張っている姿を見てもらうことによって、捜査をはじめとした警察の仕事に協力貰えるようになれば……ってことで、映像を提供しているんだね。

藏本 番組が警察の広報的な役割も兼ねているんですね。

 そうそう。警察官がどんな仕事をしているかなんて、一般市民はみんな知らないからね。著者の久保さんが勤め上げた「警視庁捜査一課長」だって、ドラマや映画でその名前を耳にする事はあっても、実際に出会ったり話を聞いたりする機会なんてほぼないから、どんな仕事をしていてどういう生活を送っているかなんて、僕たちは全く知らないじゃない。

藏本 確かにそうですね。

 僕自身も、この本を読んで「へ~!」って思うことがたくさんあったしね。だから今まで知らなかった彼らの生活や仕事内容がわかるのが、この本の面白さの一つだよね。捜査一課長という職を経験した方がここまでリアルに内情を記した本って、これまで無かったんじゃないかな。

菊地 藏本は読んでみてどうだった?

藏本 僕はタイトルにある、「人を見抜く」という言葉がひっかかりました。青春出版社から出ている佐藤優先生の『人に強くなる極意』を読んだ時にも感じたんですけど、こういったコミュニケーションものの要素がある新書は阿川佐和子さんの『聞く力 ――心をひらく35のヒント』の大ヒット以来、強さを増しているジャンルだなと。実際担当したパックンの『ツカむ!話術』も5刷と非常に好調ですし。

加えて、本書はたくさんの事件から学んだ知恵や考え方を紹介するスタイルをとっているので、エピソードの数々を読むだけでもすごく面白いと思いました。

 確かに作家の方が読めば何冊か本の構想が浮かぶような、濃い事例がたくさん紹介されているよね。

菊地 少し話が逸れるんですけど、「見抜く」って、今年の上半期においてすごく重要なワードでしたよね。佐村河内守氏の騒動から、最近だとPC遠隔操作ウイルス事件であったり。もう年末に毎年発表される「今年の漢字」は「嘘」か「偽」でいいんじゃないか? と思うくらい。何が本当で何が偽りなのか考えさせられるような事件・ニュースが多かった気がします。

 近年のソーシャルメディアの隆盛によって、嘘がつけない・簡単にバレる世の中になっているはずなんだけどね。何でも簡単に知ることができるようになったことで方々のメッキが剥がれはじめたなか、人々の関心が「本質やリアルを知るスキル」に寄るのもある意味当然なのかもしれないね。

藏本 リアルと言えば、この前弁護士の先生に「ドラマでよく指紋から犯人を割り出す話が出てくるけど、実際の現場では指紋って全然見つからないんだよ」という話を聞いたんですよね。

菊地 それはルポライターである鈴木大介さんの著作だとか、その鈴木さんが共同制作者としてクレジットされている漫画『ギャングース』(著:肥谷圭介・鈴木大介/講談社)にも出ていた話なんだけど、犯罪者側も自分の指紋を残さないようにいろいろ注意を払っているんだよね。テープだとか、薄い革手袋だとか。本書でも「指紋提出を求められた容疑者が採取の時に指紋をごまかす行動をした為に捜査に遅れが出た」っていうエピソードがあったくらい。『ギャングース』は「実話を基にしたフィクションなので防犯にぜひ役立ててほしい」と謳っているだけあって、振り込め詐欺組織の内情とか、他にもいろいろと最新の犯罪事情が描かれていて、本当に面白い。

 そういうリアルな情報はいちばん役に立つからね。

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菊地 本書でも注意すべき点を具体的に取り上げています。女性のひとり暮らしを狙っていた犯罪者が押し入る家を選ぶ時の基準としていたチェックポイントが挙げられているんですけど、これは女性の方にもぜひ読んでほしいですね。

 犯罪者に対してだけではなく、「身だしなみや話す時の顔の動かし方等から日常接する人間もどういうタイプか読み取れる」ってくだりは、実際僕達の生活にも反映できそうな気がしたよね。まぁ顔の動かし方なんかは僕らも意図せずやっていたりするから、「その動きにあてはまるから絶対こうだ!」と一概には言い切れないと思うけど(笑)。

藏本 読んでいて、いわゆる「刑事の勘」で動く部分も多々あるんだなとは思いましたね。「刑事の勘」って、直感的なところもあるんでしょうけど、言い換えれば数々の経験に裏打ちされた統計結果だと思うんです。

 ここで書かれていることって、きっと本来は「本」という形じゃなく、先輩が後輩へ自分の経験を口伝で伝えていく類いのものだよね。2人1組で行動する警察官が、長い時間行動を共にするうちに少しずつ聞ける、現場でしか教われない話というか。 

藏本 そう思います。だから本書も、ちゃんと自分の経験と照らし合わせて、怪しい人間を捜す時や疑わしいものをより注意して観察するときのヒントとして考えないといけないですよね。単純にここに書かれていることを逆引きして「こんな顔の動かし方をしているから怪しい!」みたいな判断の仕方をしていたら、それこそ冤罪を生んでしまいそうですからね。

韓流、警察ドラマの次にくるのは?

菊地 最初に紹介した「ブラウン管の周りに出版のチャンスがある」という言葉に関連する話なんですが、僕は持論として「テレビを視聴している人達の興味を惹くものこそ、値段が安くて手に取りやすいパッケージの『新書』という形で出すべきだ」と思っているんです。今は警察ドラマの隆盛によって警察関連の新書が多く出ているわけですが、「じゃあ過去同じような流れはなかったのか?」と考えてみると、あったんですよね。それは、「韓流ドラマ」。

藏本 大流行した当時は、韓流関係の新書もたくさん出ていましたね。

菊地 しかも、結構売れたんだよね。コンパクトなうえパッと物語の背景や時代考証を知れるという点で、確かに新書という形は適していた。じゃあ過去に韓流もの、次に警察ものがきて、更にその次は一体何がくるのか。そこで僕がぐるぐると考えてみた結果……、次は「時代モノ」がくるんじゃないかなと。

 時代ものか~! それはあるかもしれないね。時代小説も最近特に売れているし。そもそも歴史ものは新書で相性がいい。

菊地 「民放地上波では時代劇放送も無くなったのに?」と思う方もいるかもしれませんが、時代劇って、今は放送の場をBSやCSに移しているんですよ。主演は加藤剛から東山紀之になりましたたけど、かつてTBSで放送されていた設定・スタッフ・セットまでをそのまま受け継いだ『大岡越前』がNHK-BSで放送されたり(二期製作中)。出版業界という視点でも、原さんが言ったように書き下ろしの時代小説がこれほど売れているという現状を鑑みると、今後もこうしたドラマがどんどん増えてくるという状況が考えられるわけです。・・・・・・ということで、新書編集部としては今後「時代モノ」「江戸モノ」の新書が増えてもよいんじゃないかなと思いますね。

藏本 以前「歴史モノ」について座談会をしましたが、既にその兆候は見えはじめていますよね。

菊地 そうだね。単行本という括りに入るけど、版型は新書サイズの『絵で見る江戸の街と暮らし図鑑』(著:江戸人文化研究会 イラスト:善養寺ススム/廣済堂出版)とか、既に売り上げを伸ばしている本もある。

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 現在のこの流れを見ると、江戸風俗を研究されていた漫画家・エッセイストの杉浦日向子さんがもしご存命であれば、絶対ベストセラー連発だったな……と惜しまれます。江戸時代の話し方や暮らしを完璧に知ることって、本当のその時代を見られない以上難しいとは思うんだけど、だからこそ少しでもその時代のリアルや現在に繋がる理由、物事のルーツを知りたいっていう需要は、この国で生まれた人間にとってきっと永遠にあるものだよね。

菊地 僕は子供の頃から時代劇を見ていたんですけど、小さな頃は「まつりごと」って言葉が政治を意味しているなんて分からなかったし、「回船問屋」なんて、現代日本では消滅してしまった言葉ですよね。似たような仕事はもしかしたら今もあるのかもしれないけど、その言葉自体はもう日常で使われることが無くなってしまっている。こういう職業や言葉を紹介したり、あと庶民の暮らしを細かく紹介するような本があれば面白いんじゃないかなと思っているんですけどね。

プロフェッショナルにとって大切なこと

 話を『警視庁捜査一課長の「人を見抜く」極意』に戻すけど、これまで話してきた「本質」や「リアル」という部分を頭に置きつつ読み進めていくと、僕はこの本で久保さんのリアルな本音や想いがいちばん出ているのは、最後に置かれた第6章なんじゃないかなと思うんだよね。とても短い章ではあるんだけど、久保さんという人が感じたいろんな事柄を集約した結果、最後に置かれたのがこの章なのではないかと、個人的にはそう思った。

藏本 科学技術の進歩で捜査自体は昔よりも格段に進んでいるけど、だからこそ今回久保さんがこの本で記したような「対人間としての捜査」もしっかり残していかなくちゃいけないんでしょうね。

菊地 僕がずっと心に残ってる言葉に『SLAM DUNK』(著:井上雄彦/集英社)に出てくる、海南大付属高校・牧紳一のセリフがあるんです。インターハイ予選の対陵南戦、チームメイトとスタンドで観戦する牧は主人公・桜木花道のディフェンス面の弱さを指摘するんですね。そして、ディフェンスに必要なものは「予測」であり、その前提になるものは「経験」なんだと説明するシーン。これはもう、本当に本質を突いた言葉だなと。経験って見えないものだし、統計としてまとめきれない部分もあるんだけど、でもやっぱり最終的に人間が頼りにできる大事なものなんだな……と。そんなすごく大切なことを、僕は牧から教わりました(笑)。

一同 (笑)

菊地 でも出版業界だってたいして変わらないと思うんですよね。人間的な思考や勘がいらなくなっちゃったら、それこそマーケティングリサーチに基づいた本だけを作れば良いという話になるわけで。リサーチ結果も頭に入れながら、ということにはなりますけど、やっぱり「経験による予測、勘」は編集者として忘れちゃいけないことですよね。

(了)

今月の参加者

 角川oneテーマ21編集長。最近出た新書の中で、『教養としてのプログラミング講座』 (清水亮・著、中公新書ラクレ) は、プログラミング用語も使わず、またプログラムそのものも登場しない入門書となっていて必読の一冊です。プログラムに興味が無くても、思考を整理する一冊としても使えます。

菊地 角川oneテーマ21副編集長。今回のワールドカップでは、日本代表チームは残念な結果に終わりました。しかし、しかし!「それでもフットボールは続く」のです。見渡せば、そう、Jリーグがある!そんなタイミングで新旧チェアマンによる共著という凄い一冊、『Jリーグ再建計画』(大東和美・村井満:編/秋元大輔:構成/日経プレミア)が発売されました。本書を読みながら、みなさん、Jリーグを観にスタジアムに足を運びましょう!

藏本 角川oneテーマ21編集部員。5月刊の新書を題材とする今回の座談会で『大相撲の見かた』(桑森真介:著/平凡社新書)を提案したのですが、よく奥付を見たら2013年5月発売の作品でした。でも、この本もまさしくブラウン管の世界をより楽しめる一冊です。ぜひ!