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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今月は、人間とコンピュータの将棋対局について書かれた松本博文さんの『ルポ 電王戦―人間 vs. コンピュータの真実』(NHK出版新書)(NHK出版新書)をピックアップ。コンピュータ将棋の本質や、ルポとしての面白さを探ります。(構成・稲田豊史)

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指さないファンも増やした「電王戦」

 我々の新書レーベル「角川oneテーマ21」には将棋をテーマにした本がたくさんあります。羽生善治さんの『決断力』『大局観 自分と闘って負けない心』は2冊ともベストセラーとなりましたし、他にも谷川浩司さん、米長邦雄さん、加藤一二三さん、渡辺明さん、瀬川晶司さんといった棋士の著作を刊行しています。

藏本 米長さんは、2012年に亡くなられた日本将棋連盟の会長でもありました。

 「角川=将棋の本」みたいな図式が出版界で成立していて、他社の編集者さんが「将棋の本をうちで出してもねえ。角川さんに持って行ってください」とおっしゃっていたという話を人づてに聞いたことがあるほどです。

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 実際、他社の将棋の本はつぶさにチェックしてます。それもあって今回『ルポ 電王戦―人間 vs. コンピュータの真実』を選びました。

藏本 松本博文さんは、将棋界では知る人ぞ知る将棋観戦記者の方ですね。

 そう。今、将棋はインターネットによる生中継が常識となっていて、対局をリアルタイム視聴できるスマホ用のアプリなんかもあるけど、松本さんはそのシステムづくりに多大な貢献をされた方で、この業界では有名です。初の単著というのが意外でしたが、読んでみて端的に面白かったですね。

念のためご存じない方のために申し上げると、「電王戦(でんおうせん)」というのは、人間とコンピュータソフトが対局する将棋の棋戦のこと。最近、「指したことないけど観る」というファンが増えているのは、この電王戦の力とも言われています。ちなみに最近、囲碁の電王戦も始まりました。

藏本 僕のように、電王戦が盛り上がっているのは知っていても、ネットニュースで結果だけを追っていたような人間には、そこに至るまでの経緯やドラマが読めて楽しかったです。ただ、ずっと追っていた人によるレビューのなかには、電王戦の対局そのものをもっと詳しく書いてほしかったというものもありましたけど。

 電王戦のまとめ本は何冊か出ているから、それを読んでくださいってことでしょう。この本の内容を正確に言うなら、「コンピュータ将棋全史」かな。これさえあれば今までの歩みがわかる、という。

藏本 書名に「ルポ」とついているんですよね。ルポって、つまり現地報告なので、その場所にいなかった人に、現場で起こっていたことを伝える文章です。逆に言うと、事情を知っている人のためにより深掘りする目的の文章ではないんですね。だから正しい書名ではあるんですけど。

 おそらく松本さんとしては、コンパクトに全容をまとめることに意義を見出したんだろうね。僕らはたまたま電王戦を知っているけれども、街を歩く人にインタビューして回ったら、「え、まだ人間頑張ってるんですか?」って、とっくの昔にコンピュータが人間を追い越していると思っている人が多い気もするね。だからこういう書籍の需要はまだまだあるんじゃないかな。

コンピュータが人間を超える日

 人間とコンピュータが対戦した場合、ルールをどうするかがひとつの問題になってくるんだよね。たとえば、たくさんのコンピュータをネットワークでつないで総力戦を仕掛けるのは有りか、なしか。これ、現状のルールではダメですけど。あとは本書でも触れている、対局中にソフトを最新バージョンに更新してよいかどうか。これも禁止ですが、第3回の電王戦ではトラブルになりました。

藏本 その辺の公平感って、どう考えますか。

 難しい問題だね。これはコンテンツ論の範疇になるけど、単にコンピュータのマックスを求めるだけではダメで、勝負として「見る価値」が生まれる設定にしないと意味がない。F1マシンにジェットエンジンをつけて、とにかく早ければいいというふうにしても、お客さんはつかないのと同じ。競り合いを演出する必要がある。だからコンピュータに制限はかけるべきだと思う

菊地 ただ、それを言ったら、人間側のレギュレーションも本来あるべきでしょう。気温はどうだとか、食べ物はどうだとか、言ってしまえばきりがない。

藏本 コンピュータの思考回路って、基本的には過去のいろいろな棋譜を調べて最適なものを調査していくものですけど、人間の棋士も実は一緒。過去の棋譜を江戸時代あたりから遡って、定石とは何か、定石を打ち破る手は何かというのを研究する。それを脳内にアーカイブ化して、必要なときに引っぱってくる。だから強さの違いって、プロセスというより、単に脳とハードディスクの容量の差じゃないかとも思います。

 梅田望夫さんも言われていますが、結論から言うと結構早い段階でコンピュータの勝つ日が来ちゃうんだと思いますよ。ただ、コンピュータがあっさり勝ってしまうと、ソフトの開発者に研究費が落ちないし、電王戦のように対局をコンテンツ化することで流れ込むはずのお金もやってこない。だからコンピュータ側としても、人間が簡単に負けてもらっては困るんだと思う。その意味でも、レギュレーションを設けるのは必要な気はするね。

菊地 僕は、レギュレーションそのものにはそんなに興味がないんですよ。本書で面白いと思ったのは、1996年に『将棋年鑑』が棋士に対して取った「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」というアンケート。半数近くの棋士が「負かす日は来ない」「人間は負けない」と言っているなかで、羽生善治さんは「2015年」、森内俊之さんは「2010年」に「コンピュータがプロ棋士を負かす」と言い切っている。こんなふうに、コンピュータがどのタイミングで明確に人間を抜いていくのかに興味があるんです。

藏本 今日お持ちになっている『ポスト・ヒューマン誕生』(レイ・カーツワイル:著/NHK出版)がそういう内容なんですか?

菊地 そう。いわゆる「2045年問題」を扱った本。要は、コンピュータの能力が人間すべての能力を超えると言われているのが2045年であるというものです。もともとこれを主張しているのはレイ・カーツワイルというアメリカ人。彼はワールド・ワイド・ウェブの出現を予言したと言われる、ものすごい人です。技術は指数関数的に成長するので、線形的な成長を見せる有機物とは成長スピードがまったく異なるという話。2045年といったらたかだか約30年後だけど、そのときには「将棋が、囲碁が」なんてレベルではなくコンピュータが進化しているというわけです。

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 本書の最後の方でも言及しているけど、そうなるとコンテンツって何なのよという、過去何度も繰り返されてきた話になるんですよ。かつて「自動車があったら、人間の100メートル競争なんてやらなくていいじゃない」とか言う人がいたけど、実際はそうなってない。やっぱりウサイン・ボルトはすごいって思うわけでしょう。人は人間の努力の過程にとても感心を抱くし、美しいと思うし、涙を流したりもする。電王戦においても、例えば渡辺明竜王はコンピュータ将棋のプログラムである「Bonanza」の癖を見抜くために、事前に何百局と指した。ものすごい研究をしたうえで臨んでいる。そういうところに人間の英知を見いだせるし、コンテンツが生き残る形があるのかなと思いますね。

コミュニケーションはコピーされない

菊地 もうひとつ、電王戦というイベントがニコニコ生放送ですごく盛り上がったという事実はかなり大事ですよね。将棋の観戦というものが、コンテンツというよりはコミュニケーションの部分で盛り上がったということですから。棋士のキャラクターの活かし方も含めて、ニコニコ生放送はすごくマッチしましたよね。

藏本 棋士いじりの流れは以前からもありましたけど、みんなで盛り上げるような場がネット登場以前には存在しませんでした。今は「生放送中にプロ棋士が女流記事に告白」といった動画がPVを稼いでいたりもします(笑)

 ドワンゴさんのすごいところは、テレビや大新聞がやれなくなってきたことこそネットが次にやるべきことだと、ちゃんと理解してコンテンツ開発しているところですよね。一時期、相撲が地上波で中継できなくなったときも、早々と手を付けましたから。

菊地 コミュニケーションである以上、文脈の理解が必要だったり、キャラクターの知識が前提として必要だったりするんでしょうけど、SNSが発達したことにより、それが切りだされて、将棋ファン以外にもじんわりと広がってきたのが今の状況だと思うんですよ。新聞に棋譜だけが載っているよりは、キャラクター性とインタラクティブ性を備えているほうが絶対にいい。

藏本 対局中に横からちょいちょい口を挟むというのは、昔だったら慎まないといけなかったマナーですけど、ニコ生の弾幕なら、ネットならではの楽しみであるうえに、競技の邪魔もしないということで両立させてるんですよね。

菊地 きっと、昔は町道場の対局に人が集まって盛り上がっていた。その場自体がなくなったか、そこに行かなくなったかは知らないですけど、それがネット上に場所を移しただけじゃないかな。

藏本 リアルにやったら観客が50人規模だったのが、ネットによって5000人、50000人規模になったっていうのが現実ですかね。

菊池 この間、作家の海猫沢めろんさんが「文化系トークラジオ Life」で、「ネット上でコンテンツはコピーされるけど、コミュニケーションはコピーされない」とおっしゃっていました。だからこそコミュニケーションはネット上で盛り上がるし、ネットはすべからくコミュニケーションの方に向かっていく。電王戦、ひいては将棋にとって、幸せな時代を迎えているなあと思います。

物語性を求めて

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藏本 ところで、原さん自身も将棋経験があるんですか?

 おやじが将棋好きなので、子どものころから指しているよ。大学時代に学校へ行かずずっと大学のサークル棟で将棋指してた時期もあった(笑)。君たちは?

菊地 僕は何を隠そう、将棋の駒の故郷・天童市のある山形県の出身です。土地柄、当然将棋は盛んで小さな大会も多く、小学生のころから指していましたけど、ぜんぜん勝てない(笑)。だから小学校低学年で将棋からは離れてます。

藏本 僕は大阪出身ですが、小学校の頃は、仲間うちや市の子ども向け大会ぐらいではだいたい勝っていました。でも、中学からはほとんどやってません。実は僕、この本にも登場するアマ女流名人の笠井友貴さんと対局したことがあるんです。向こうは王と金と歩だけだったんですけど、普通に負けました(笑)

 「八枚落ち」というやつだ。だいぶ弱いね(笑)。学生時代に彼女を取材してたんだっけ?

藏本 ええ。彼女は僕の1年後輩で、入学時点でかなり有名人だったので、学生新聞で取材に行ったときから面識があるんです。

 笠井さんは「Ponanza」というプログラムを開発した山本一成さんに、のちに奥様となる方を紹介した。

藏本 僕がこの本の魅力だと思うのはそのあたりの物語だってところなんです。たとえば山本さんが結婚する話って、読者によってはどうでもいいことじゃないですか。だけど、松本さん自身が将棋を指すプレイヤーであり、かつ東大将棋部のOBで、山本さんとは取材者・被取材者である以前に、先輩・後輩です。そういう関係性からにじみ出る他の棋士やプログラム開発者への感情とか、人間関係の描出が、一つの読み物として成立している。山本さんのキャラクターが見えることによって、電王戦の裏側が透けてくるというか。

 そういう人間性は大きいよね。僕も電王戦がなぜここまで盛り上がったかというと、人間の戦いだからだと思う。これは、かつて『料理の鉄人』がヒットしたことにも通じてる。あの番組が登場するまで、まさか料理で対決ができるとも、料理人のキャラクターがあんなに立てられるとも、誰も考えなかった。将棋も同じで、粛々と戦って結果だけを味わうものと思われがちだったけど、そこに潜んでいる人間ドラマをクローズアップすることによって、電王戦の、コンテンツとしての魅力が一気に上がる。

藏本 そして、読んでいて、うるっときたのは、あとがきにある、松本さんが山口県の離島出身で、あばあさんに手を引かれて灯台守の宿舎に行ったら……というくだりです。松本さんがなぜここまで将棋に愛着があるのかが、ここの描写ですごく伝わります。

(松本さんの出身の蓋井島の様子はこちらでご覧になれます。
→山口県の公式ウェブサイト
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a11500/island/futaoijima.html。
島のウェブサイトはこちら→http://www.futaoi.com/)

菊地 この本はルポだけど、カポーティが言ったところの「ノンフィクションノベル」の体裁をとっていて、三人称で書かれています。最後に山本さんの結婚のことが語られて伏線が回収されるところは、ちゃんとノンフィクションしていますし、それがきちっとなされているところに、僕はすごく好感を持ちました。余韻に浸れる感じをきちんと作ってある。あと、これは僕が担当している、とある作家の方の持論ですが、「一人称で書くのは取材量が少ないとき。三人称で書くのは取材量が多くて、かつ題材に対して自信があるときだ」だそうです。本書もまさにそう。

藏本 だから僕も原さん同様、初めての単著なんだっていうところに驚きがありました。

 松本さん自身に、もともと編集力があったんだと思うよ。観戦記をずっと書いている人だしね。1冊という単位で書いたことがなかったというだけで。あるいは逆で、山本さんのエピソードをよく知っているから、これをどこかで残したいっていう気持ちが先にあったのかもしれない。そういう強力な骨格を既に持っていたゆえに、「本を書ける」という確信が生まれたのかもしれない。それがなければ、単なるコンピュータ将棋のまとめ本になってた可能性もある。

菊地 本書は表紙カバーの見返しに「21世紀の文学」と書かれています。編集者もそこはわかっていて、ノンフィクションノベルというあり方こそ21世紀の文学だ、という点を意識したのかもしれません。まあ、考えすぎかもしれませんが。我々としても、こういう本にしっかり目配せしつつ、これからも将棋コンテンツをラインナップにどんどん投入していかねば。

藏本 あの、これは編集長を前にして僕が言うのも変なんですけど。

 どうぞ。

藏本 「角川oneテーマ21」が他の新書と違うなと思うのが、トップランナーにそのまま語らせるというところです。新聞などはどうしても第三者的視点から書かざるをえないですし、本書の松本さんも、言ってみれば第三者じゃないですか。そうじゃなくて、棋士である羽生さん自身に語らせる。「Bonanza」と渡辺明竜王との戦いだったら、開発者の保木邦仁さんと渡辺さんそれぞれに話を聞いてまとめる。うちの読み物としての価値は、そんなところにあるのではないかなと。

 よくわかってるじゃない(笑)

(了)

今月の参加者

 角川oneテーマ21編集長。6月のオススメといえばこれはもう『第一次世界大戦と日本』(井上寿一著/講談社現代新書)でしょう。ハフィントンポストに井上さんの解説をベースにした「小学生にも伝わるざっくり解説「第1次世界大戦から100年」という記事が出ていますので、まずこれを読んでいただけると良いかも。100年前の大事件に私たちはどう学ぶかが問われています。

菊地 角川oneテーマ21副編集長。6月刊で気になったのは『背が高くなる椎関節ストレッチ』(著:南雅子/青春新書プレイブックス)。背骨として33個あるという椎骨、その間をストレッチで1mmずつ伸ばせば32mm背が伸びるといいます(文字にすれば「そのままの話」ですが)。身長伸ばしたいという意識はあまりないですが、「ストレッチ」に惹かれるようになりました。

藏本 角川oneテーマ21部員。トップランナーにそのまま語らせるという点を意識して編んだのが、『思い出のマーニー』の裏側を明かした『ジブリの世界を創る』です(7月31日発売)。6月刊でオススメは『黄昏のビギンの物語 奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか』(著・佐藤剛/小学館新書)。梅雨の最中、千駄木の往来堂書店さんに寄った際に、「雨の日に読みたい本」コーナーがつくられていて、「傘も差さずに僕たちは歩き続けた雨の中」というフレーズを書いたミニPOPが置かれていて、思わず手に取りました。