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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。2014年10月刊からは、交通新聞社新書『東京総合指令室』(著:川辺謙一)を取り上げます。(構成・高橋直貴)

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知られざる「アノ場所」の実態が、ついに明かされる!

 今回とりあげるのは交通新聞社新書の『東京総合指令室』です。鉄道ブームが起こって久しいんだけれど、まだまだ人気のテーマと言えるでしょう。

同じ10月に『ふしぎな国道』(著:佐藤健太郎/講談社現代新書)や藤岡換太郎『川はどうしてできるのか』(著:藤岡換太郎/講談社ブルーバックス)が刊行されていて、どれを取り上げようか迷いました。いずれも「タモリ倶楽部」で取り上げられておかしくないようなテーマなんだけど、ファン層がかぶるんだよね。

最近はいろんな知識を動員して旅や散歩を楽しむ人が増えています。

菊地 まず鉄道好きの原さんに聞きたいんですけど、こういう話が本になるのは珍しいことなんでしょうか?

 珍しいよね。中でも書かれていることなんだけど、東京総合司令室は所在地も明かされておらず、情報を一般公開もしていない。検索するとなにやらいろいろ情報が出てくるみたいだけど、実際に入ったことがある人は極めて少数なわけで、神秘のヴェールに包まれていると言っていいでしょう。

菊地 「あとがき」を見ると関係者からの協力を得て企画が成立したと記されていますけど、こういう内容のものは専門家とか対象機関の協力がなくしては成立しない企画ですよね。

藏本 普段からのお付き合いの中で、交通新聞社という出版社への信頼があるからこそ成立する企画でしょうね。単に関係者を知っているというくらいでは、オファーして書かせてもらえるというものではなさそうです。

 そもそも出版界における一般論として、JRにはなかなか取材を受けていただけないということはありますね。CMとかドラマ撮影も通常は私鉄の駅で行われます。僕らから見ると「ハードルが高い相手」にここまで迫ったというだけでも「あっぱれ」です。

菊地 取材を受けない理由としてはセキュリティ面、とりわけサイバーセキュリティの面への配慮というのがあるように思います。本書には何度もATOS(アトス)というシステムが登場していますよね。鉄道の輸送を支えるシステムのことで、なにか異常があったときに情報の共有が迅速に出来るようにつくられた、と。このATOSなんかは1400万人の足を支えるインフラのシステムですし、サイバー攻撃の標的となるようなところなので、簡単にその詳細情報は公開できないわけでしょう。

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 戦前には鉄道って軍事機密として地図に載っていない場所があったり、広島の呉線のように通過するときには窓を閉めなければならないところがあったわけで、セキュリティに気を遣っているのは当然といえば当然かもしれない。

ただ、深田恭子さん主演で「TOKYOエアポート〜東京空港管制保安部」というようなドラマが出来たりする最近の航空業界とはずいぶん方向性が違います。

菊地 2020年の東京オリンピックに向けてテロ対策が今後強化されていくことも予想できますよね。こういったインフラ部分の整備はますます必要になりますし、時代性を感じるテーマですよね。

 乗降客の多いターミナル駅はテロ攻撃の対象にされやすいからね。中国の長距離列車のホームように乗客が直前まで改札に入れないような国もまだまだ多いんじゃないですかね。世界的には今でも駅とか列車を撮ってると「ちょっとちょっと」とお巡りさんに呼び止められるようなところも多いよね。

藏本 セキュリティの面からもそうなんですけど、この本は昨今の東京の鉄道網を襲った各種のトラブルにどんな対応をしたかという話が書かれていますよね。今年初めにおこった有楽町のビル火災、大雪でのトラブル、そして東日本大震災。「電車は走って当然」って思っていたんですが、本書を読んだら一つひとつの対応の難しさがわかってそんな風に思わなくなりました。

 トラブルが起きるとある運転区間を打ち切って列車を折り返す「折り返し運転」というのがあって、これは来た電車がただ戻るだけじゃないかと思ったりするワケですが、実は簡単じゃないというのが武蔵野線の事例を使って本書に出てきます。

指令室の人たちが車両の運用とホームの状況、時刻表などを総合して、知恵を振り絞りながら都度対応してるんだよね。

武蔵野線の新小平駅は、長いトンネルに挟まれた掘割(切り通し)の駅で、このとき地下水で駅全体が上に押し上げられる隆起災害が発生し、駅の側壁に亀裂が入り、吹き出した地下水で線路が浸り、列車の運転ができなくなった。

(中略)

そんなとき、ベテランの指令員さんから「あそこ(中線)にホームできませんかね」という意見が出たのがきっかけとなり、井上さんが施設部長に相談し、快諾を得た。その結果、災害発生から4日目に新秋津駅と西国分寺駅の中線に仮設ホームができ、短時間で折り返しができるようになった。(P149-153

公の仕事で、なおかつ人と接さない仕事ってモチベーションを保つのは本当に難しい。そこに対して、乗客からの感謝の手紙が指令室の壁に貼ってあるなど、モチベーションを保つ工夫についても紹介されているけど、やっぱり基本は縁の下の力持ち。でも、誰かがやらなくてはならない存在なんだよね。嵐だろうが台風だろうが地震だろうが、しばらくしたら復旧して走る。この回復力の凄さと、バックにある優れたシステムとプロフェッショナルの方々、その上に僕らの生活が成り立っているってことは忘れちゃいけない。

ファンと一般読者、それぞれを満足させる工夫

 交通新聞社新書って、「JR時刻表」「旅の手帖」など自社の出版物のファンを想定した新書だよね。鉄道に興味がない人がいきなり手に取るとは考えにくい。

菊地 「交通新聞社」という版元名からもわかるように総合的にジャンルをカバーする新書レーベルとは違って、マーケットを絞って出版していますね。最近創刊されたヤマケイ新書(山と渓谷社)もそうですけど、各社がジャンルを絞って出すっていうのも新書業界のトレンドの一つ。

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 新しい読者を開拓するよりも固定のファンに向けてつくる方がマーケティングもしやすいしね。交通新聞社は「JR時刻表」「旅の手帖」、山と渓谷社はズバリ「山と渓谷」と、根強い固定ファンがついた雑誌を持っている。専門出版社で鍛えられた知識が豊富な編集者が、ファンの眼鏡にかなうものをつくるっていうのは非常に理にかなったやり方だと思う。

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菊地 一方で、どんどん競合が立ち上がったりもしますけどね。競馬なんかは「競馬ベスト新書」(KKベストセラーズ)「競馬王新書」(白夜書房)、「競馬道オンライン新書」(スタンダードマガジン)と三つもレーベルがある。マーケティング用語でいう「ブルーオーシャン」だったはずが、いつの間にか「真っ赤っ赤」。

藏本 サイエンス系の新書レーベルもいろいろ創刊されましたが、今年度に入ってからも刊行が続いているレーベルはフロントランナーの講談社ブルーバックスと、あとはソフトバンク・サイエンスアイ新書ぐらいでしょうか。

 マーケットの大きさに合わせて、淘汰はされていく。

藏本 その中で続いているっていうのは、専門性と読者のニーズをくみ取る嗅覚があってこそではないかと思います。

 そこが普通の新書の編集の仕方とは違うよね。指令室の写真撮影ができなかったくだりとか、取材を受けてくれた広報の方がダイヤが遅れた場合の説明をはじめたら難解すぎて筆者が全くついていけなかったとか、この本は著者レポートの臨場感がたっぷり盛り込まれているんだけど、それは読者として鉄道ファンを想定しているから成立するわけです。

これがもし新聞の特集記事だったら1ページ程度にまとめられてしまうわけだけど、それは読者に鉄道ファンだけを想定していない仕方ないともいえる。結果、おいしい情報なのに切り捨てられる部分が大量に出てくるわけで。本書は懸命にいろいろなところを掘り下げて一冊としているんだけど、このディテールがこの本の読みどころとも言えます。

藏本 一方で、本書は僕のような鉄道についての知識が少ない人間が手にとっても読めるように用語をかみくだいて書かれています。そして、自然災害への時の対応など、人間ドラマ的なエピソードは鉄道ファンならずとも心動かされるところ。特に震災からの復旧の動きは、淡々とは書かれていますが、プロジェクトXになっていてもおかしくない、熱い人間ドラマが詰まっています。

また同一レーベルからは『鉄道落語』(著:古今亭駒次、柳家小ゑん、桂しん吉、桂梅團治)や『鉄道が変えた社寺参詣』(著:平山昇)といった書籍も刊行されています。前者は落語界のニューウェーブとして読むことができますし、後者はいわゆる現在の「初詣」という風習は、明治時代に川崎大師がビジネスとして成立させたものである、ということが書かれてあって、ともに一般の人も興味を持ちやすい内容になっています。

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 『国鉄スワローズ1950-1964(著:堤哲)も、このレーベルだからこそできるテーマだしね。

菊地 いずれもマニアックな知識を中心におきながらも、一般の方も楽しめるポイントは押さえていますよね。こういう企画の広げ方をしているところは増えてきているように思います。さきに挙げたヤマケイ新書なんかもそうですけど、これからどんなラインナップになるのか楽しみです。今、各地でおこっている噴火をテーマにした本も出てくるかもしれない。(※)

藏本 『東西駅そば探訪』(著:鈴木弘毅)があるのであれば、ヤマケイ新書さんからは「ロッジ飯」をテーマにした本なんかもありえますよね。

 世界遺産に登録された富士山ものなんかも時事的に興味持つ人は増えるでしょう。

角川oneテーマ21でいきなり『東西駅そば探訪』は専門的で実現しないわけなんですけど、いち編集者としてあるいは読者として見てみると「やられた!」と思うタイトルばかりなんだよね。以前、菊地君が各県で新書が出ているというはなしをしてくれましたが、こういうところから次のブレイクスルーが起きるのかもしれません。

(了)

※座談会後、12月1日付で『ドキュメント御嶽山大噴火』がヤマケイ新書として発売され、発売早々話題を呼んでいます。

今月の参加者

 角川oneテーマ21編集長。文春新書が栄えある1000冊目を11月に刊行されまして、そのタイトルに何を持ってくる興味津々でしたが池上彰さんと佐藤優さんによる共著『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』でした。新書業界の二大牽引車の共著、インパクト大ですね。10月刊新書で面白かったのは何と言っても『酒場詩人の流儀』(著:吉田類/中公新書)。

菊地 角川oneテーマ21副編集長。10月刊で気になったのは『イザベラ・バードと日本の旅』(著:金坂清則/平凡社新書)。『日本奥地紀行』で知られるバード、今年は没100周年なんですよね。僕は、彼女が「東洋のアルカディア」と評した山形県の生まれです。

藏本 角川oneテーマ21編集部員。本文でも触れましたが、『鉄道が変えた社寺参詣』は目から鱗でした。今年8月に刊行された『江戸しぐさの正体』(著:原田実/星海社新書)も話題を呼んでいますが、「創られた伝統」に乗っかった言説には惑わされないようにしたいものです。