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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。2015年の第1回目となる今回は、映画化もされた『武士の家計簿』(新潮新書)で知られる歴史学者・磯田道史さんの『天災から日本史を読みなおす先人に学ぶ防災』(中公新書)を取り上げます。日本人なら全員知っておきたい先人たちの知恵がギュギュっと濃縮された本書の魅力を、編集者たちがわいわいと語り尽くしました。(構成・小泉なつみ)

今月の参加者紹介

 角川新書編集長。あらゆるジャンルにアンテナを張り巡らす「新書界の水先案内人」。編集部を厳しく、そして温かく見守るボス。佐賀県出身で鉄道と居酒屋好き。得意分野は政治ネタ。

菊地 角川新書副編集長。自費で北朝鮮に行く(2014年夏)ほどの好奇心とチャレンジ精神に満ちた男。入社後6年の営業経験を経て編集部に異動。山形県出身でクリムト好き。得意分野はスポーツ、経営、サイエンス関連。

藏本 角川新書編集部員。2013年に編集部にやってきたルーキー。岩波新書の大ロングセラー『歴史とは何か』のような本を手掛けるのが目標。大阪府出身でうどん好き。得意分野は人文系、大学ネタ、メディア論。

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日本人全員が読むべき”圧倒的普遍性”

 さて、新年1発目の座談会です。実は昨年12月にCS放送のシアター・テレビジョンでこの新書座談会をテレビ番組化するという我々にとってのチャレンジがありました(1月23日に放送。動画配信はこちら→http://www.nicovideo.jp/watch/1423139474)。その関係で2014年11月、12月の刊行分を取り上げていなかったので、今回はその中から磯田道史さんの『天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災』をセレクトしました。

菊地 この座談会で歴史本を取り上げるのは月の『歴史をつかむ技法』(新潮新書)以来。中公新書の本としては月に取り上げた『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』以来ですかね。本書のセレクトは原さんたっての希望ということで……。

 毎年、中央公論新社主催の新書No.1を決定するアワード「新書大賞」というのがあって、各出版社の新書編集部の編集長なんかが投票してその年一番の新書を決めるんだけど、僕は今回、その1位として本書に投票しました。なので僕的には11月、12月のオススメというよりも、2014年一番のオススメなんだよね。

僕が本書で驚いたのは、その圧倒的な普遍性。1億2千万人全員にすすめられる、日本人であれば間違いなく知っておいて損はない情報が詰め込まれている。そういった意味で圧倒的な年度1位であり、ぜひ座談会でも取り上げたいと思ったんだよね。

藏本 確かに「○○から学ぶ防災」っていうテーマは結構ありますけど、「東日本大震災」「阪神大震災」「直下型地震」といったように限定的なものが多い。もしくは理論だけで危機管理について語るものとか。でも磯田さんの本は全国津々浦々の事例に則り、歴史上起こってきた災害を現代にも通じる普遍的な教訓として語っています。だから京都の人も読めるし、佐賀の人も読めるし、もちろん東北の人にも役立つ。

 取り上げられる事例が歴史という縦の線と、日本全国で起きた災害という横の線で網羅してあって、結果的に誰にとっても価値のある本になっている。凄く稀有な本だよね。

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藏本 本書のまえがきには、磯田さん流の歴史観ともいえるこんな素晴らしい文章がありました。

人間は現代を生きるために過去をみる。すべて歴史は現代人が現代の目で過去をみて書いた現代の反映物だから、すべての歴史は現代史の一部といえる。(まえがきⅲより)

菊地 歴史学者である磯田さんは映画にもなった『武士の家計簿』(新潮新書)で有名ですが、実はライフワークとして日本史における天災や災害の研究を続けてこられた方なんですね。しかも東日本大震災以降、津波常襲地の浜松に引っ越して現地調査や周知活動をしているという、凄まじい志を持って研究にあたっている。そんな磯田さんの使命感や熱というのも本書のはしばしから伝わってきます。

 ある資料が見たいあまり、朝食も取らずりんごを口にくわえたままバスに飛び乗るエピソードとかね。歴史学者の方の書く文章はどうしても教科書チックになりがちですけど、磯田さんの文章は読み物としても非常にレベルが高い。

藏本 忍者の子孫に古文書を見せてもらうくだりでは、家人にすすめられたおかきを古文書に虫がつく原因になるからやんわり断ったというような話があって、実際にそこにいる臨場感を味わえるし、自分もひとりの歴史学者になったような気持ちになりました。

菊地 これは完全に著者のタッチですよね。そもそも本書は朝日新聞別刷「be」の連載を書籍化したもの。連載としての読み物のおもしろさを担保するのがこういった平易な語り口だと思いますし、実際今の新書も、読者の敷居を下げる”優れた入門書としての新書”が求められていると思います。

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最近の中公新書は、ひと味ちがう

 そして本書をはじめ、2014年の中公新書は非常にエッヂの効いた教養書が多いと思いませんか。

藏本 先ほども紹介したように、以前の座談会で紹介した『地方消滅』も18万部と大ヒットしていますし、その他にも『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』『ヒトラー演説 熱狂の真実』など、教養の中に遊び心がプラスされた印象がありますね。

菊地 本書の最後には「中公新書の日本史」ってことで既刊本のタイトル一覧がありますけど、これを見ただけでもかつてに比べてよりテーマが絞られている気がします。あと、タイトルに今まで使わなかったようなフレーズを使おうというニュアンスもなんとなく感じますね。

 これまでの中公新書は『平城京遷都』『壬申の乱』みたいに本の中で使われているトピックをずばり単語だけで表現するタイトルが多かったけど、修飾語やサブタイトルを入れることで幅をもたせてきてるよね。

藏本 圧倒的なブランド力がある中公新書ゆえ、遊びのあるタイトルをつけてもそれでこの長い歴史や信頼感が揺らぐわけではない。貫禄を感じます。

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枕元にはだっこ紐
歴史を変えた天災が、現代人に教えてくれること

菊地 原さんは、どこが一番おもしろかったですか?

 良いところが多くて絞るのが非常に難しいけど、まずそもそも天災が歴史を変えた秀吉の話は衝撃的だった。伏見地震後の舵取りのまずさで豊臣政権が崩壊した、つまり、天災がなければ日本の歴史は変わっていたかもしれないと。歴史は人だけが作ったわけではない、そのことを我々は知っておいたほうがいいですよね。あと僕は佐賀県出身なので、佐賀藩主の鍋島斉正が科学に力を発揮した人ということは知ってたけど、そのきっかけが台風による高潮被害から立ち直るためだったというのもまったく知らなかったなぁ。

菊地 冒頭にも書かれていましたが、天災が起きると人間の歴史の見方、世界の見方が確実に変わると。なので、佐賀藩はシーボルト台風をきっかけに、一気に科学技術の方向へ振れたわけですよね。

 まさに目から鱗だった。あと、昭和南海津波に遭った磯田さんのお母さんやご家族の話も凄かった。津波がきた時に子どもを布でくるんで逃げた母子がいたけど、赤ちゃんが布からすり抜けて津波にのまれてしまったんだよね。この時のエピソードから磯田さんは、子どものいる家は必ず枕元にだっこ紐を置いておくようにと警鐘を鳴らしている。これがもう圧倒的なリアリティで迫ってきて……。僕も1歳の子どもがいるけど、普段は面倒くさくてつい手で抱えちゃってるんだよね。だけど今後は枕元にだっこ紐を用意しておこうと思った。

でもその一方で、いくら歴史は教えてくれると言っても、歴史嫌いな人って常に一定数いるんだよね。

菊地 僕は、「歴史がつまんない」というイメージの原因はおっさんにあると思ってて。いわゆるおっさんって、会社の中では偉い立場にいる人が多い。そしてまた企業活動の経営的な側面って軍事的なものと用語が近かったりするわけですよ。で、それを日本史になぞらえると、だいたいが戦国時代の話になっちゃう。聞いてるこっちからすると「また、か」と。

藏本 俺は信長派か秀吉派かみたいなリーダー論とかですね。

 その誰でもない、ってのが普通だけどね(笑)。

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藏本 一昔前まで歴史=政治史でしたけど、今は「新しい歴史学」といわれるジャンルに注目が集まっています。群衆の歴史学というか、市井の人たちはどんな歴史を生きてきて、そこからどんな教訓が学べるのかっていう方向にシフトしている。その流れの中で、まさしく磯田さんは「新しい歴史学」のトップランナーですよね。

菊地 その「新しい歴史学」の話にも通じるんだけど、その時代、その土地に生きた人たちが、日記のように書いた古文書、僕はそのおもしろさに本書を読んで何より惹かれました。調べると展示会なんかも頻繁にやっているみたいなので、古文書を見に行くっていうのは新しい楽しみになりそう。

 そうなんだよね。磯田さんって古文書という一次資料の文章をきっちり、しかも分かりやすく引っ張ってくるところが凄くて、それを彼がとても興奮して書くんだよね。「これを読んだ時には涙を禁じ得なかった」とか「彼の苦悩が蘇ってくるようだ」とか、簡潔な文章に見える古文書からそこまで読み取れるの!? っていう驚きね。優れた経営学者の人が財務諸表を見るだけで「あの会社の中はギスギスしてんな」ってわかっちゃうみたいに、知識のある人には見えてくるんだろうね。

菊地 磯田さんが古文書を読み解いてくれるから、先人たちの知恵を享受できる。歴史学者という肩書になってますけど、「古文書翻訳家」として捉えると磯田さんの活動の具体的なイメージも湧きますよね。

「新書の3T」ではなく、「原稿」に立ち返る

藏本 そういえば『武士の家計簿』も、神保町の古書店から武士の家計簿が書かれた古文書の販売目録が磯田さんのもとに送られてきた、というところからはじまっていましたね。

 慌てて16万円を握りしめて神保町に行くやつね。しかし『武士の家計簿』はよく企画が通ったよね。本書の中にはどうやってこの本が出版に至ったのかという経緯は書かれていないんだけど、我々3人はこういった企画を落とさないようにしたいよね。

藏本 編集者が原稿を読んでから、企画を通したのではないでしょうか。

菊地 うーん、どうかなあ……。あ、原稿といえば今日はちょうど物申したいことがありまして。実はこの12月、1月に各社の新書レーベルからイスラム国関連の本がたくさん出るんです。ぱっと見ただけでも7社から。よくこの座談会でも言ってますけど、新書はニュースの副読本化が進んでいて、話題になっていることを解説するような本が凄く多い。新書業界の売り上げが下がる中で、各社の編集者が皆、「売れそうなテーマ」×「実績のある著者」という組み合わせで本を作っている。その結果、原稿そのものよりもとにかく「テーマと著者性」を盲信してしまうのではないかという危惧があって。その点には我々も気をつけないといけないんじゃないかと思ったんですよね。

 そのとおりだね。売れる新書を作るためには「テーマ」「タイトル」「タイミング」という「新書の3T」が必要だと言われた時代があった。今はほとんど言われなくなったけど、でも現状もやっぱりそこが判断の大部分を占めて企画が通り、本が作られているんだよね。
 もちろん菊地くんが言うとおり「3T」の前に原稿ありきなんだけど、そもそも我々編集者自身も、原稿を見る力を常日頃から鍛えているか、あるいは著者と原稿そのものに向き合っているかというのは自問自答しなくちゃいけないね。

藏本 「新書の3T」と言われなくなったのは、皆もう既に「3T」で本作りをしているからだと思います。それが自明化してきてしまったからこそ、今は原稿のおもしろさに立ち返ることが求められている気がします。

菊地 なぜ「3T」で本作りすることが当然になったかというと、新書業界全体が厳しいからなんだよね。業界全体が厳しいがゆえに、編集者がめいめいマーケティング的な視点で企画を立てるようになった、と。その姿勢は間違いではないと思うんだけど、そのマーケティングの力量が皆だいたい同じだから、似たような企画になってしてしまう。各社がイスラム国の本を出すことは間違っているわけではまったくないんだけれど、同時期に7冊も同じテーマの本が出てしまうということは、業界の経済効率という点では良くないとも言えますよね。

藏本 今年は戦後70周年本も山ほど出ると思われますから、同じような現象が起きてしまうかもしれませんね。でも一方でそうした時、我々はどういう立ち位置でどんな本を作っていくのか、そこはずっと考えなくちゃいけないと思います。

 僕が新書の編集長として言っているのは、「時期ものは作るな」「ロングセラーをねらえ」ということ。時期ものは割に合わないというか、どんなに良いものを作っても競争の中で自動的に埋もれてしまい、非常に苦しい戦いを強いられてしまう。良い原稿を作ってもその価値通りに売れるとはわからないからこそ、もったいない。だから「ロングセラーを作ろう」と言っているんです。2015年は原稿を見極める力と、ロングセラーを作り出す企画力を養っていきましょう。