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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップしてざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は、「生活日記調査」によって意外な消費者像をあぶり出した、辻中俊樹 櫻井光行・著『マーケティングの嘘 団塊シニアと子育てママの真実』(新潮新書)を取り上げます。従来のマーケティング手法に対するアンテーゼとして放たれた本書を、編集部はどう読んだのでしょうか。(構成・小泉なつみ)

今月の参加者紹介

 角川新書編集長。入社後は制作で裏方仕事。印刷所で写真集の色校チェックとかよくやってました。その後編集部に異動して、新書を100冊超を担当。1歳児の子育てに追われるイクボス。

菊地 角川新書副編集長。入社後は営業部門に配属、販売企画やマーケティングを経験して編集部に異動。得意分野はスポーツ、サイエンス。ラジオ好き。

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高額な受講費いらず! 新書は即学べるビジネス系名著の宝庫

 レーベル名が角川新書になりまして最初の収録なのですが、藏本くんがあいにくお休みということで、今回は菊地君と二人での「対談」でお送りします。

今回のオススメとして『マーケティングの嘘』(新潮新書)を選んだのは、新書ってシニア世代向けのメディアであるというのが大きくて。本日の書籍販売データで一番売れていた『無頼のススメ』(伊集院静・著/新潮新書)の客層データを見てきたんですけど、7割以上が男性かつ、50代以上が25%以上を占めていて、一般書に比べて圧倒的に男性の割合が多いんですよね。この1冊だけですべてを言うワケではないんですが、僕らはシニアをはじめとしたユーザーのことを理解しているのかということを改めて考えてみたくなったという次第です。

角川新書の編集方針としても「自分たちがイメージしている客層の『気持ち10歳くらい上』をねらって作ろう」とよく言ってます。さて、菊地くんは読んでどうだった?

菊地 僕は大学の専攻が経営学でマーケティングをやっていたんですけど、実はその時の恩師とFacebookで繋がってしまったために、この座談会を発見されてしまいまして……。なので今回の本はあまり下手なこと言うと怒られそうだなというのがまずあってですね。

 ははははは。

菊地 今日は慎重に言葉を選びながらやっていきたいと思います! まず新潮社って、ビジネスものの新書を年に数冊出すんですよね。『御社の営業がダメな理由』(藤本篤志・著)といったヒット作や、『ラー油とハイボール』(子安大輔・著)といったマーケティング的なニュアンスの本、『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』(楠木健・著)のような会社の人事評価の本もあるし、ビジネスマンが自分の仕事に関連付けて「ちょっと読みたいな」と思わせる本作りがうまいですよね。

 新書って、マーケティングや経営戦略、組織論の本がかなり充実しているんだよね。新潮新書をはじめ、光文社新書、PHP新書、ちくま新書なんかにビジネス系の良書が多くて、この辺の名著を読めばビジネススクールに1コマ10万なんて値段を払わなくても十分勉強できるというくらい、新書の中には蓄積がある。

マーケティングで陥りがちな”見てきたような嘘”

 そんな中で今回の本なわけですけど、新書では昨年の話題作『ヤンキー経済』(原田曜平・著/幻冬舎新書)が特定のクラスターをとても分かりやすくあぶり出していましたが、本書ではここには現れなかった”ある層”を浮き彫りにしているなと思いました。

菊地 本書ではとりわけ”子育てママ”の消費行動を取り上げていて、彼女たちが使っているアイテムの代表格として出てくるのが、「エルゴベビー」という抱っこひも。これはもう、子どもがいる人にとっては当たり前ものですね。

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 我が家も使ってる。あと有名なのはベビーカーの「マクラーレン」とかね。普段は意識してないけど、言われてみるとその市場を席巻している商品というものがあって、一大ビジネスなんだなと気づくよね。

菊地 本書でも表現していますけど、まさに”通過型市場”なんですよね。子どもが生まれてからの一定期間だけその市場を担う人間として消費行動をし、そして時期が過ぎるとその市場から卒業していく、と。本当に限られたマーケットなので、知られない特有の消費行動が結構多い。実は麦茶って年々、市場が大きくなってるんですけど、僕はこの子育てママたちが認識したんだと思うんですよね。麦茶ってノンカフェインなんですよ。かつては夏の飲み物のイメージが強かったけれど、パッケージでこの「ノンカフェインである」ということを強く謳って一年中店頭に並ぶようになっている。「ノンカフェインこそ訴求ポイントだ」というのは麦茶マーケットにとっては大きな発見だったんじゃないかと思います。

 確かに麦茶って我が家で一番消費されてるお茶だなあ。嫁さんが授乳期間でカフェイン飲めないから。だから今持て余しがちなのが、いただきものの紅茶の詰め合わせ。僕はコーヒー党だし、嫁さんカフェイン取れないし、誰も飲まないから一番扱いに困ってしまって……。でもさ、紅茶って40代の子持ち夫婦向けとしてはまさに穏当な贈り物に思えるわけじゃない。今回の本のテーマにも通底するけど、先入観で「きっとこうだろう」と思っていることが、よくよく生活行動を分析してみるとそうじゃないことが明らかになると。

帯にもあるけど、実はシニアは健康のために歩いているのではなく、歩くこと自体が楽しくてウォーキングをしている、とかね。

菊地 僕が非常に象徴的だなと思ったのは、章題にもなっている「和食の伝統を守っているのは、子育てママたちである」という部分。若い主婦は包丁を持っていない人が多く、使うこともできない。だから若い子育てママは手料理ができずコンビニ弁当なんかで惣菜を買ってきている――これこそいわゆる”見てきたような嘘”、マーケティング都市伝説の一種だと著者は断言しています。実際に彼女たちの生活をのぞいてみると、ピーラーやスライサーといった包丁を使わない調理器具でちゃんと料理をしているし、料理投稿サイト「クックパッド」やジップロックを活用して食材を無駄にせず、作り置きする工夫もしている。いわゆる団塊世代の人たちとは違うやり方、違う器具で料理しているだけで、「若いママは包丁を使わない=料理をしない」というのはまったく筋違いなマーケティングなんですよね。この辺りは『マーケティングの嘘』というタイトルにとてもひっかかる部分だなと思いました。

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本作りは、”ニーズ”ではなく”シーズ”を探せ

 かつてマーケティングを語る時に必ず出てきた「マーケティングの4P」では、本当の消費者像を見出すことはできなくなってきている。だからこそ生活者ひとりひとりを深く狭く追ったマーケティング手法「生活日記調査」が威力を発揮すると。

菊地 「プロダクト(Product)」「プライス(Price)」「プレイス(Place)」「プロモーション(Promotion)」それぞれの頭文字を取って4Pですね。確かにこの4Pを明確にすることがマーケティングだと思っている人にとっては、本当に目からウロコな本だと思います。

この4Pをミックスして戦略を組むってやっぱりマスマーケティングの時代だから通用したことであって、現代では圧倒的に古びてしまっている。昔は我々出版社なんかも、「ニーズはどこにあるんですか?」みたいなことを言われました。ニーズって確かに4Pのミックスである程度分析できるんですけど、実際に商品を作る時ってニーズを見つけてもあんまり参考にならないというか、本を出すときにはむしろニーズではなく、まだ”種”の状態である技術やネタ、すなわち”シーズ(Seeds)”を探さなきゃいけないと思います。

 4Pの概念を知ることはサラリーマンにとって共通言語を持つことになるので大事だとは思うけど、プライスにしろプロモーションにしろ、行き着くところまで行き着いてしまっているよね。あともうひとつこの本の中では「TPOPP」っていうのが出てくるけど、これは知っておいた方がいいね。

菊地 「タイム(Time)」「プレイス(Place)」「オケージョン(Occasion)」「サイコロジー(Psychology)」「プロダクト(Product)」だと言ってますね。

 いまならこの5つの要素の中でも特に人間心理、サイコロジーを掘り下げることがアプローチとしては有効かなと思いますよね。

それでいうと、本の企画を考える時にペルソナを考える人がいるけど、菊地くんはどれくらいやる?

菊地 僕はかなり考えます。

 何歳の人で、どこに住んでいて、どういう趣味を持ち、普段その人がどんなTVを見ているか……というような個別具体的なところまで人間像を絞った上で、その人が満足するプロダクトかどうかという視点で企画を検討するのがいわゆる「ペルソナ分析」。その時、さっきのような「包丁を使わない=手料理を作らない」というような紋切り型のペルソナにならないためにどうするかというと、サイコロジーが大事であり、心理をよく考えてみることだと本書でも伝えています。

菊地 僕の営業時代の話ですが、出版社の営業って”仕掛け販売銘柄”というのをいつも探しているんです。発売から時間が経過しているけど、まだまだ売り伸ばず余地があるんじゃないかという本をピックアップして改めて書店さんに展開のお願いし、宣伝をしたりして売上を伸ばしていくというもの。僕はその仕掛け販売銘柄をどうやって探していたかというと、書店さん1店舗1店舗、個別の販売状況を一定期間ずっと追ってたんですよね。

そうしていると、通常だったらありえない販売の動きを見せるケースを発見することがある。それを僕は「プラスの異常値」と呼んでいましたが、プラスの異常値をどれだけ発見できるか、そして「なぜあのお店で今この本が売れているのか」という仮説を立て、その仮説に基づいてお願いをして展開を広げていくんです。

これって、本書の中にあった「生活日記調査」と考え方はかなり近い。サンプルの数だけ増やしてもダメで、個人の生活や心理を狭く深く見ていくことが今のマーケティングには有効だというのは、体験者としても共感できました。

編集者のマーケティング力は”帯”に表れる

 そういう積み重ねのあるなしが編集者としてどこに表れるかというと、僕は帯の作り方に出ると思うんだよね。編集者が”見てきたような嘘”ではないペルソナ分析やマーケティングができていると、自ずとその本の帯が読者に向かってちゃんと問いかけているものになるし、「あなたに読んで欲しいんです」というメッセージを発信するものになる。体感としても、やっぱりそういうコピーを持った本の方が売れ行きもいい。

菊地 逆にそれができていないコピーというのは、「いろんな人に訴えるけれども、結果的にメッセージとしては何も含んでいない」というものになりがちです。

 そうそう、そうなんだよ。あの人も視野に入れる、この人もターゲットにする、あっちの人にも読んで欲しいと網を広げたばっかりに全体としては薄いキャッチコピーになってしまって、肝心の刺さるコピーからは遠ざかってしまう。この現象は”編集者あるある”だと思いますが、この点、我々も気をつけないといけないですね。ちなみに僕がうまい!と思った帯は、『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一・著/幻冬舎新書)の「死ぬのは「がん」に限る。ただし、治療はせずに。」かな。抽象的なタイトルを上手に補完しつつ、インパクトを出すことにも成功している好例。しかも写真や絵素材も使ってない。

菊地 自分の話ですけど、去年担当した蛭子能収さんの著書『ひとりぼっちを笑うな』の帯は「人づきあいって必要ですか?」にしました。もうちょっと柔らかくすることもできたけど、あえて挑戦的なコピーを入れることで勝負に出たんです。

 いろんな意見は出たけど、譲らなかったんだよね。

菊地 そもそもテーマとコンセプトがあり、ペルソナもがっちり決めた上で作った本だったんで押し切りました。一言一句すべてに言う訳ではありませんが、コピーの方向性すら揺らいでしまうというのは、それはペルソナやマーケティングができてないってことでもあると思います。

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 そのとおりだね。あと、作り方でいうとコピーはタイトルを補足するものであって、一番やってはいけないのが、意味がダブってしまうこと。強調したいがためにタイトルと同じことをコピーでも言ってしまうというのは一番下手な帯の作リ方で、初心者が陥りがち。

菊地 新書ではない作品なんですけど、僕がすごく印象に残っているのは、伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』(新潮文庫)の単行本時の帯「小説、まだまだいけるじゃん!」ですね。著名人の推薦コメントでも内容補足でも本文一文抜粋でもない、担当編集者による第三者視点のコメント。あの振りきり方は今でも忘れられないです。当時の業界全体が抱いていた不安も吹っ飛ばしてくれるような強さと期待感を覚えました。

 4Pミックスの話でもあったけど、少々のことをやってももはや目新しさはないから存分に冒険していいわけなんだけど、かといってデタラメをやっていいわけではない。まさに編集者の力量が問われるところだね。しかし、さすが菊地くん。今日の対談は恩師も満足してくれるだろうね。

菊地 ……どうでしょうか(笑)。そうそう、次回はCS放送のシアター・テレビジョンでの「新書座談会in TV」第2回です。お楽しみに。http://www.theatertv.co.jp/movie/12395