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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は7月刊の新書から、気鋭の数学者であり、数学エッセイストとしても活躍する小島寛之さんの『確率を攻略する ギャンブルから未来を決める最新理論まで』(講談社ブルーバックス)を取り上げます。数学が鬼門(?)の編集部員たち、いったいどうなっちゃうの?(構成・澤島優子)

今回の参加者

 角川新書編集長。対談の中にも出てきますが、この夏は小学生ばりに電子工作に熱中してまして、『はじめる! 楽しい電子工作』(小峯龍男:著 サイエンス・アイ新書)と『Raspberry Piで学ぶ電子工作』(金丸隆志:著 講談社ブルーバックス)には大変お世話になりました。

菊地 角川新書編集部員。自然科学関連の本を担当することもあるのですが、教科としての数学は好きじゃありませんでした。今回のお題目書名に出てくる「ω」が読めなくて、「ほら、あの鼻みたいなやつだよ!」と藏本に言ったら「オメガですね」と教えてくれました。ありがとうございます。

藏本 角川新書編集部員。自覚はないですが、いつも(-ω-)な顔をしていると言われ反省しました。高一の時は数学がわりと得意教科でしたが、ブルーバックスの『入試数学伝説の良問100』(著:安田亨)を読んで圧倒され、文系を選択。国語は不得意でしたが、なぜか編集者をやってます。

 角川新書編集部員。6月にこちらの編集部に異動してきました。ブルーバックスは好きで、今でも現実逃避するときにフラフラ売り場に引かれていきます。面出しの本だけではなくて、棚に並んでいるのもチェックしてます。

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読み捨てではなく、棚に並べたい新書

 今回取り上げるのは、藏本くんの熱烈なプレゼンテーションによって決定した、講談社ブルーバックスの『確率を攻略する』です。それから新書編集部に新たに加わったスタッフが今回も参加してくれています。6月からの新メンバー、堀さんです。

藏本 堀さんはリケジョ(理系女子)なんですよね?

 一応、理論物理の専攻だったんですが……。

一同 おおーっ!

 でも、本書を読んでみて改めて、わかってないなあと思いました。

菊地 ブルーバックスは、理系に弱いわれわれがこれまで意図的に避けてきたレーベルと言えるわけですが(笑)、まずはその概要から見ていきましょう。講談社のWEBサイトによると、ブルーバックスは、岩波新書、中公新書に次いで日本で3番目に歴史ある新書レーベルで、創刊は1963年。『確率を攻略する』の通巻番号は1927、つまり、1927点目の作品ということになります。「発刊のことば」のキャッチコピーに「科学をあなたのポケットに」とあるとおり。自然科学全般の話題を、専門家ではない一般読者向けに解説・啓蒙するレーベルであり、サイエンスに興味のある人には馴染み深い新書と言えるでしょう。累計発行部数は7000万部超だそうです。

 新書といえばブルーバックスのことだと思っている人がいたり、ブルーバックスだけ買う、あるいは、出たものすべて買うという熱烈でマニアックな読者がいたりするのは、岩波新書、中公新書、そしてこのブルーバックスくらいでしょう。非常に珍しい現象で、そういう意味でも老舗レーベルですね。

藏本 本書の読者は他にどんな本を買っているのか? 日販さんによる販売データ「WIN+」によれば、本書を購入した人は『直感を裏切る数学』(神永正博:著)や『エントロピーをめぐる冒険』(鈴木炎:著)などブルーバックスがずらりと並んでいて、確かにレーベル買いされる数少ない新書と言えそうです。

菊地 PHP研究所のサイエンス・ワールド新書や、SBクリエイティブのサイエンス・アイ新書など、新たなサイエンス系レーベルも出ていますが、やはりブルーバックスの存在感は圧倒的です。昨年の御嶽山噴火の際には、品切れ中だった『Q&A 火山噴火』(日本火山学会:編、9月21日に第2版が発売予定)の全文をPDFで無料配信するなど、サイエンス・レーベルとしての非常に強い矜持を感じました。

藏本 時事的なニュースや災害に対してすぐ参照できるような息の長い内容を扱っているということですね。STAP細胞の論文不正のときも、『背信の科学者たち』(ウイリアム・ブロード/ニコラス・ウェイド:著、牧野賢治:訳)が急遽単行本の形で再刊されました。

 単なる売り物、ビジネス・プロダクトとしての新書ではなく、公共知のレベルにまで手が届いている稀有なレーベルと言っていいんじゃないでしょうか。

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菊地 ブルーバックスの編集者はみんな理系出身なのかな?

 私の知っている編集者は超文系と言ってました。理論や式はわからないけど本を作ることもあるそうです。

菊地 堀さんは学生時代にブルーバックス、読んでました?

 高校生の頃から折に触れて買います。覚えているのは天文学の本だったと思うのですが、光と自分が同じ速さで走ったら、持っている手鏡に自分はどう映るのかという話。そんな疑問を持ったことがなかったのでおどろきました。答えは忘れてしまったんですが(笑)。

藏本 光と同じ速度なら、鏡に自分の光が届かず映らないのでは?

 どうだろう。映るんだったかなあ?

 どちらにしろ理論物理、理論天文の話であって、実際に目で見ることはできないから、あくまでも「理論上はこうなる」という話だよね。その、「目では確認できない世界をどう考えるか」という点が科学物の醍醐味だと思うけど、それだけに読み解くのが難しい。
一般的な新書は2時間くらいで読了することを目指して内容設計しますが、ブルーバックスのような新書はテーマに沿った内容を一冊にまとめることを主眼としているので、読書時間からの逆算で設計したりしない。また、理系の論文はペラ1枚とか数行ということもあるくらいで、おおむね文字量に対しての情報量が多い。正直言って今回は60ページくらいまでしかきちんと理解して読めませんでした。みんなは完読できたの?

藏本・堀 一応読みました。わかったかはわかりませんが(笑)

菊地 僕は最初から無理だなと(笑)。だいたい、しおりがこれ(E=mc2)ですからね。裏に「アルベルト・アインシュタイン 質量とエネルギーの等価性を表す式」と書いてあってもただ、へぇー、と思うだけで(笑)。

 同じブルーバックスでも、個人的に読んでた『Raspberry Piで学ぶ電子工作』(金丸隆志:著)のしおりには、『重力とは何か』(幻冬舎新書)の著者、大栗博司さん手書きの「オイラーの公式」が入ってました。このしおりを集めるだけでも楽しいんだろうね。

藏本 ブルーバックスを読む自分に酔う、という感じなのかもしれません。空港や駅で手に取って移動中に読み終えてしまうのではなく、家に持ち帰って読み、読み終えたら棚に入れる、そして「勉強した感」をゆっくりと味わう、みたいな。

 ブルーバックスは棚に並べておく本であり、その棚を眺めるのがうれしい本ですよね。読み返すことは実はほとんどないのですが、ずっと手元に置いておく本、読んだなあと思いたい本というか。

 近年、特にオピニオン系の新書を中心に、読み捨てることを視野に入れた本が多くなりましたが、ブルーバックスは棚で輝く本、図書館に並べるべき本ということでしょう。

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数学者は頭の中で何を考えているのか?

 原さんは60ページくらいまでは読めたとおっしゃいましたが、私は「太郎と花子のじゃんけん」あたりで早くも考え込んでしまって……。これじゃいつまでも終わらないと先に進んだら、今度はデリバティブの「コール・オプション」が全く理解できない。

 僕も理解したわけじゃなくて、こんなものの見方をするのか、という程度ですよ。

藏本 推薦者である僕は最後まで読みました。確かに難しかったですが、でも発見が多い新書でした。中でも、「はじめに」にあった「今もまだ、確率理論は定まっておらず、新しい発想が打ち出され続けている」という点、まだまだ進化している学問なのだということが新鮮でした。「サイコロを振って1の目が出る確率は6分の1である」という表現は実は数学的に正しい表現ではないなど、われわれが普段使っている「確率」という言葉と数学的なニュアンスとは違うという点も興味深かった。デリバティブ(金融派生商品)という言葉はよく聞きますが、その原理に数学が使われていることも含めて簡潔に説明している点も勉強になりました。経済に関心のある人なら読んでおいて損はないと思いますよ。

一同 ………………シーン。

 誰も反応できない(笑)。堀さん、どう?

 私が面白かったのは126ページの図です。コイン投げで表が出る確率を考えるとき、著者の頭の中に見えているイメージでは、表裏の頻度がほとんど2分の1なんだけど、2分の1じゃないところがヒモみたいになっている、そういう数学者の頭の中をちゃんと図で示してくれたのがちょっといいなあと思いました。

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 数学者は何を考えているのかわからないというのはよく言われることで、小川洋子さんの『博士の愛した数式』(新潮文庫)の博士を思い出しても、われわれ一般人とは発想法が違うし、「なんでそうなるの?」ということが多いよね。

藏本 数学やっている人には「四次元が見える」と言う人もいますけど、その「四次元」って何やねんと(笑)

 訓練すれば十何次元見えるそうですよ(笑)。それもどういうことなのか、わかりませんが。数学って理系の中でも特殊な分野で、他の科学は一応実験で数値が見える形になりますが、数学は完全に頭の中だけのことなので、むしろ哲学に近い。一括りにしづらいというか、やっぱり特殊な能力の人たちだなという気がします。

 古代ギリシャでは哲学者は数学者であり、それから音楽家だったりしたわけだしね。

藏本 本書では「ゲーム論的確率」という最新トピックも紹介していて、これは「公平でない賭け」に対しては、「借金することなく、資金を無限に増やすことはできる戦略がある」ということなんですが、読んでいくと確かに、こういう風に張ればいいんだというポイントがわかるようになってくる。ゲーム理論はもともと経済の話や「囚人のジレンマ」などから出てきたと思うんですが、それが生かされて、数学はいまだ進化をつづけている。

 進化という点で一言いうと、1900年代にサイエンスが急速に進歩した背景に軍事的利用や需要があったことは間違いないよね。アインシュタインやフォン・ノイマン……。

藏本 今年の春公開された『イミテーション・ゲーム』という映画の主人公である、エニグマ(暗号機)を解読した数学者アラン・チューリングも、まさにそうですね。

サイエンスへの憧れ

 大人になってなぜこんな本を読むかというと、数学や科学を単なる受験勉強で終わらせずに、世界を考えるきっかけにしたほうがいいよということなんだと思う。なぜなら、わかってたほうが面白いことが世の中にはいっぱいあるからで、大ヒットコミックエッセイ『日本人の知らない日本語』(KADOKAWA/メディアファクトリー)の蛇蔵さんの連載マンガ、『決してマネしないでください。』(講談社)に出てくる数学お笑いネタみたいなのを読んでいると、こういうことを知っていて、日常的に言えるとかっこいいだろうなあと素直に思えるんだよね。

 子どもの頃は、どうして月は東から昇るのか、なぜ満ち欠けするのか、夜はなぜ暗いのか、いちいち疑問に思っていたはずなのに、いつの間にか、なんとなくわかった気になって忘れてしまいますよね。でも、同じことを子どもに聞かれたり、大人になってふと目にしたときに、自分はわかっていなかったんだと気づいて、そういう本があるなら読んでみようかなという気になるのかもしれませんね。ただ、そうは言っても『確率を攻略する』は相当ハイレベルな本だと思います。どういう人が買ってるんでしょう?

藏本 先ほど挙げたデータの併売書で見ると、他にも数学本がめちゃくちゃ買われてますね。やっぱりかなり数学好きな人でしょう。さきほど挙げた『直感を裏切る数学』のほか、『ロジックの世界』(ダン・クライアン/シャロン・シュアティル:著、田中一之:訳 講談社ブルーバックス)、『数学ロングトレイル』(山下光雄:著 講談社ブルーバックス)、『数学は世界をこう見る』(小島寛之:著 PHP新書)、『数学的決断の技術』(小島寛之:著 朝日新書)、『素数はなぜ人を惹きつけるのか』(竹内薫:著 朝日新書)などなど。

 私は『素数はなぜ……』はちょっと読んでみたいですね。

藏本 ちなみに堀さんは、お嬢さんに聞かれてドキッとした質問とかあるんですか?

 「なんで夕焼けは赤くなるの?」かな。波長の長さなんかで説明はするんですが、「なんで?」「なんで?」と突き詰められていくと、いずれは答えられなくなりそうで。

 学べば学ぶほど謎は出てくる(笑)。実はこの一年、学び直しをやっていて、NHKの高校講座の理系の分を観ているんですが、その受け売りで言うと、星が無数にあれば地球から見える夜空は星で埋まって真っ白になるはずだけど、宇宙はビッグバンで始まってまだ広がっている途中で星の数が限られている。だから「宇宙は暗い」んだそう。ただし、なぜ宇宙が一点から始まったのかというそもそもの謎については、最新研究でもまだ答えが出ていないとか。

 宇宙については99%くらいわかってなくて、わかっている1%をどう2%にするか、という話を実際の天文学を研究している方に聞いたことがあります。それに比べれば、数学はどんどん進化している気がします。

 2001年に新書大賞をとった『宇宙は何でできているのか』(村山斉:著 幻冬舎新書)は大ヒットしましたが、第3章の重力あたりからは難しくて全然わからなかった。30万部くらい売れた中で、いったいどれだけの読者がこの内容を咀嚼できたのか興味あるところですが、ただ、学者たちの未知のものへのアプローチがどこまで進んでいるのかを知って、多様な世界に触れられるだけでも、新書は安い買い物なのかなという気はします。

 以前所属していた部署で角川ソフィア文庫を作っていたのですが、ソフィア文庫はもともと国文が強いレーベルですが、実は数学本もけっこう売れるんです。それが不思議で。バリバリ文系なのにソフィア文庫の数学本は読むという社員に聞いてみたところ、学生時代にはできなかった苦手意識があったけど、大人になったんだし、文庫本なら読めるのではないかとチャレンジするみたいな気持ちで買っていると言っていました。そういう潜在的な読者が、実はけっこういるのではないでしょうか?

菊地 憧れなんですよね、サイエンスに対する。そういう意味では、選書や叢書ではなく新書というレーベルは、文庫同様、薄くて安い。これなら読めるかも、という期待感を買う側に持ってもらえる可能性が高い。

藏本 大人であれば知っておくべきことを知りたい、アタマが良く見られたいという要求に、新書はある程度応えうるものだということですよね。

菊地 ジャンルというカテゴリーで見ても、たとえば国文学を専門とした新書はないのに、サイエンスというカテゴリーが新書として成立するということは、お客さんがいるということですから、数学に親しみを感じる人もある程度の多さで存在しているということですね。

藏本 むしろ理系の人のほうががっつり本を読んでいたりするんですよね。もともと物事に対する関心も高いし。

 担当した『「中卒」でもわかる科学入門』(角川新書)の著者の小飼弾さんは科学だけじゃなく小説でも何でも詳しいし、生物学者の福岡伸一さんがフェルメール展を企画したり、脳科学者の茂木健一郎さんが小林秀雄に関する論文を書いたりしている。本当に優れた人にとっては文系・理系という分け方や学問のジャンル分けはほとんど意味のないものかもしれない。ただ、かなり多くの人たちが理系に属していることも確か。そういう読者のニーズに応えられる本がまだまだ少ない。

菊地 サイエンスの中にも読み物として成立する面白いテーマがたくさんあると思うんです。さっき堀さんが言った「光の速さで走ったら鏡に映るのか」みたいなことも、『空想科学読本』(KADOKAWA/ メディアファクトリー)に通じていて、読み物として面白くできるはずなのに、いかんせん数が少ない。それは、日本の研究者が一般向けの本を書かないからだと思ってます。アメリカのように、研究者が予算を獲得するためのプレゼンテーションの一環として一般向けの本をたくさん書く必要が日本ではないんだろう、と。

 『99・9%は仮説』(光文社新書)の著者で「たけしのコマ大数学科」にも出演された竹内薫さんも、日本は科学ジャーナリズム、特に一般向けにわかりやすく書くサイエンスライターの数が少ないということを言っていた。アメリカが科学立国として先を行っているのは子ども向けのサイエンスの書き手が充実しているから。日本もそうあるべきだと思う。

ギャンブルと未来

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菊地 表4に、「パスカル、フェルマーがギャンブルの相談を持ち込まれたことに始まる確率の世界」とありますが、確率の本質もまさに人の営みから要請された知のあり方なんですね。有名なギャンブル本があって、1960年~70年にアメリカで発刊された『ディーラーをやっつけろ!』(エドワード・O・ソープ:著、増田丞美:監修、宮崎三瑛:訳 パンローリング)は、まさに数学者が完全な確率論に基づいて書いたブラックジャック必勝法。日本でも『ブラックジャック必勝法』(斎藤隆浩:著 データハウス)が出ています。ここで紹介されているカード・カウンティングというテクニックを100%マスターすれば94・7パーセントの確率で勝てる――勝ち逃げするということでしょうが――らしいです。

 アメリカの書店にはたいていギャンブル本のコーナーがあって、愛好者がけっこういるんだよね。『ハングオーバー!』という大ヒットしたアメリカ映画でも、アランというギャンブルの天才が分厚いギャンブル本を一晩で読んで、ブラックジャックでがっぽがっぽ稼ぐというシーンがあった。

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藏本 日本では麻雀の本がけっこう出てますね。中でも『科学する麻雀』(とつげき東北:著 講談社現代新書)は、「流れ」や「読み」などの一般化できないような個人的技術で語られてきた従来の麻雀を、数学的、統計的な根拠に基づいて論じた画期的な一冊で、この本以降、データ派が主流になったと言われています。

菊地 競馬も同じで、勝つ、というか採算が取れるラインの必勝法は数学で導き出せると言われていて、そのソフトを開発した人もいますよね。

 競馬では『ツキの法則』(谷岡一郎:著 PHP新書)が有名だね。寺銭(控除率)が25%を踏まえて、どの掛け方が効率的か細かく検証されている。

菊地 「ギャンブルから未来を決める最新理論まで」というサブタイトルに惹かれて本書を推薦した藏本くん、未来を決めるいいヒントは見つかったのでしょうか。

 たぶん確率理論に裏打ちされたヒットの可能性の高い企画をどんどん繰り出してくれることでしょう。期待しましょう(笑)。

 でも、そもそも必勝戦略などない、というところから始まっている本ですよ。

藏本 そうそう、どれほど理屈がわかっても、必ず売れる本を作るのはやっぱり難しいということですよ(笑)。