連載コンテンツ

新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は9月刊の新書から、大阪大学大学院言語文化研究科准教授のヨコタ村上孝之さんによる『世界のしゃがみ方:和式/洋式トイレの謎を探る』(平凡社新書)を取り上げます。いつもより格段にゆるいムードの中、脱線に次ぐ脱線のトイレ談義となりました。(構成・稲田豊史)

今回の参加者

菊地 角川新書編集部員。11月刊で蛭子能収『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』を担当しました。蛭子さんのトイレにまつわる話を今度聞いてみようと思います。

藏本 角川新書編集部員。12月頭発売予定の単行本で『東大駒場寮物語』という本を担当しています(cakesで先行連載中!)。寮生による実録青春記ですが、トイレから遠い部屋の寮生が「寮雨」と称して窓から放尿することがあった、といったキテレツなエピソードも目白押し!

辻森 角川新書編集部員。座談会は2回目の登場です。池上彰さんの新書や書籍などを担当。今回の座談会にも池上さんから聞いた“トイレとっておき話”と、年長者&地方出身者ならではのネタを提供!

IMG_4588

三者三様、トイレの思い出

菊地 今回は、原編集長から「俺なしでやってみてよ」と投げられましたので、僕と藏本くん、そして2回目の登場となる辻森さんの3人でお送りします。原編集長もいないことですし、柔らかいテーマがよかろうということで、僕のチョイスで『世界のしゃがみ方:和式/洋式トイレの謎を探る』(平凡社新書)にしてみました。著者のヨコタ村上孝之さんは、弊社の角川選書から2007年に『色男の研究』という本を出されていて、同書でサントリー学芸賞を受賞されています。

藏本 同書に比べると格段に柔らかい内容ですね。平凡社は「平凡社ライブラリー」などでも知られているように、固めの学術書のイメージが強い出版社ですが、こういう切り口の新書もあるんですよね。ちなみに2014年度新書大賞の第2位は、同じ平凡社新書の『犬の伊勢参り』。いい感じで「外した」面白い本を出される新書レーベルだと思います。

菊地 かつて教養新書のベストセラーは、ニュース番組の副読本的な内容のものが大半でした。テレビでは解説しきれないような詳細を新書で学ぶという目的です。でもここ1、2年、そのニュアンスが若干薄まってきたように思うんですよ。統計を取っていないのであくまで感覚ですが、居酒屋ものとか、食、ワイン、おつまみといった、大人のカルチャーみたいなものが新書で売れるようになってきました。今回、「食」の対極ということで「排泄」を持ってきた……というわけではないですけど(笑)。

藏本 でも「食」と同じく「排泄」も人間の基本中の基本ですね。この本では日本は和式、西洋は洋式というトイレの常識がそもそも違うということからはじまり、世界のトイレ事情について、その文化的背景などを詳しく解説しています。でも、なんでまた菊地さんはこの本を選んだんですか?

菊地 僕は地元が山形なんですが、2014年、モンテディオ山形というサッカーチームが快進撃を遂げまして。当時J2にいたんですが、天皇杯の決勝まで行ってしまったんですよ。そこで万が一勝っちゃうと、翌年のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場にすることになる。J2なのに。

藏本 何の話ですか(笑)。

菊地 で、そのとき問題になったのが、モンテディオ山形のホームグラウンドであるNDソフトスタジアムが、実はACLのスタジアム基準を満たしていないということだった。要は、洋式トイレの数が足りないと。ACLを仕切っているアジアサッカー連盟は、和式トイレをトイレとしてカウントしなかったらしい。それで慌てて洋式トイレを設置したというのがニュースになった。このとき僕は、「和式トイレはトイレとしてみなされないのか!」と。

藏本 激しく憤りを感じられたわけですね。

菊地 うん。それで、トイレの和式・洋式に興味を持って、この本を手に取ったわけです。ちなみに僕はいま35歳ですが、幼いころ実家は水洗の和式でした。小学生くらいで洋式になったと記憶してます。辻森さんは50歳ですが、小さいころは和式ばかりでしたよね?

辻森 僕は滋賀出身ですが、和式というか、大学で上京するまでトイレは汲み取り式のいわゆる「ボットン便所」だったんですよ。うちの実家はもともと農家だったので、トイレ、というより便所は家の外にあったんです。大便器と男性用小便器――いわゆる「朝顔」――が別々だったんですが、夜中に行くと朝顔から手が出てきて掴まれる、というお化けの話もあったり(笑)。 でも、お隣の京都は当時からもう水洗になっていました。京都は何かと滋賀を田舎扱いしますけど(笑)。「お前ら、俺たちの琵琶湖の水を使って流してるんじゃねえか」って子どものころは思ってました(笑)。

藏本 琵琶湖の水止めるぞ(笑)。大阪住んでた時はよく言われてました。

菊地 でも、僕が地元で通っていた小学校のグランド脇トイレは、まだ汲み取り式でしたよ。今でも野球場やサッカー場の脇にあるのは汲み取り式。ボットン便所は、そんなに遠い過去の話ではないんですよね。

辻森 ボットンかどうかはさておき、今は和式に対する抵抗が根強いですよね。以前勤務していたビルに会社ごと移るとき、総務の人から「次のビルは和式トイレがあるけどいいよね?」って言われて、オフィスじゅうが騒然となったんですよ。特に女性陣は「絶対許さない」って息巻いていて(笑)。結局、工事して和式風の場所に無理やり洋式便器を設えたんですけどね。藏本くんは29歳だよね。小さいころはどんなトイレだった?

藏本 実家はずっと洋式でしたけど、下水道は100パーセント整備されていなかったので、バキュームカーはよく見た記憶があります。

辻森 ただ僕、小学校の時に京都の親戚の家に行って、そこは水洗の和式だったんですが、逆に嫌でした。

藏本 それはなぜですか?

辻森 「大」だと、流すまで自分のしたものが、すぐそこにあるじゃないですか。それを目の当たりにするのが嫌で嫌で。ボットンだと一瞬で奈落に消えますから、自分から出た汚いものを見なくていい(笑)。

日本人はトイレネタが好き?

菊地 この本は、時代や国によってさまざま異なるトイレの紹介から、トイレに見る文化差別的な論点まで、いろいろな切り口がありますけど、特に感じ入ったのはどの部分ですか。

辻森 やっぱり、「洋式 対 和式」という二項対立が思い込みにすぎないというのは目からウロコでしたね。日本以外の国にも「和式」はいっぱいあると。あと、ことトイレネタって「俺の使ってたあのトイレ、載ってないのかよ」的な形の文句は出ないんだなあと。

菊地 どういうことですか?

辻森 僕はかつてマニアックな音楽ムックを作ったことがあるんですが、たくさんお叱りのお手紙をいただいたんですよ、「なんで俺の好きなあの曲が載ってないんだ」といった。専門分野の本ではこういうことがありがちなんですが、トイレネタだとそれはなさそう。文句というよりは、「それを言うなら、昔あんなトイレもあったよね、こんなトイレもあったよね」と、いい感じで盛り上がれる。実際、この座談会も幼少期のトイレネタでひと盛り上がりできましたし。

菊地 食や性や睡眠と同様、人間誰しも関わるテーマだからこそ、盛り上がれるんでしょうね。藏本くんは?

藏本 タイトルの付け方がいいですよね。当然、『世界の車窓から』(テレビ朝日)に引っ掛けてると思うんですけど。

菊地 僕もそう思った!

辻森 アマゾンなんかで『世界の車窓から』を検索しようとした人が、「せかいのしゃ」まで入れたら、この本のタイトルが出てくるんですね(笑)

藏本 「車窓から~」と同じく、「トイレを通して世界を見る」という。

菊地 僕が面白いと思ったのは2箇所。ひとつは、日本人はこんなにもトイレの本をたくさん書いているのかということ。本文中に出てきますが、国会図書館の電子目録で「トイレ」をキーワード検索すると3204点もヒットしますし、書名に「トイレ」が含まれている本は1176点もあると。この本の巻末にある参考文献も、4ページにわたってずらずらと列記されています。

IMG_4594

藏本 どうして日本では、トイレに関する本がここまで多いんでしょうね。

菊地 前から不思議に思ってはいたんだけど、日本人って「漏らす」ネタが好きじゃないですか。ネットで「漏らす」を検索すると、漏らしちゃったエピソードのまとめサイトがたくさん出てきます。あと、アスペクトさんのベストセラーで『死ぬかと思った』という本がありますけど、載っている体験談の半分近くはお漏らしネタ。で、同書のカバーのイラストを思い出してみてください。あれは完全にトイレの暗喩ですよ。

藏本 本当だ(笑)

菊地 もうひとつ、本の内容でびっくりしたのが、本文で紹介されている北摂のある高級マンションのエレベーター。隅っこにある物体が老人の腰掛けだと思ったら、実はこれが災害時にトイレになるという衝撃(笑)。エレベーターが止まって閉じ込められた時の排泄用だと。これ、調べたところ、結構いろんな自治体やビルに導入されてるそうなんです。しかも、ただフタを開けて排便できるだけじゃなくて、水を常備していたり、簡易の目隠しカーテンみたいなものを設置できる商品もありました。著者も書いていますが、まさに「日本人の配慮の極地」ですよ。

藏本 そう、おなじものを最近秋葉原で発見して思わず開けたくなりました(笑)

辻森 防災時の避難所に指定されている小学校って、古い建物も多いので、和式トイレがまだまだ残っているんです。そうなると足の悪いおじいちゃんやおぱあちゃんは、しゃがむのがきつい。それでダンボールで作る腰掛け式の便座を作る――という内容を、今年担当した池上彰先生の本の中でやったことがあります(書名『池上彰とメ~テレが真剣に考える 南海トラフ巨大地震から命を守れ!』『手づくりで「段ボール式便座」』を紹介しています)。

藏本 僕も、もう和式でしゃがめない体です(笑)。

辻森 かつて日本のトイレは和式ばかりでしたけど、それによって日本人は身体を鍛えていたという説もありますからね。じゃあ昔の老人はどうしてたんだといえば、和式に難儀するほど足が悪くなる前に寿命が来ていたのかもしれませんが……。

IMG_4589

八王子より愛を込めて

菊地 しかし、トイレ話ってどうしても脱線しちゃいますね。辻森さんがおっしゃるように、「あれもあったよね、これもあったよね」話になりがちです。

辻森 じゃあその流れに乗ると(笑)、僕は性分として汚いトイレが嫌いなんですが、社会人になりたての頃いちばん気に入っていたトイレが、今は無き新宿の三越南館のトイレです。今は大塚家具になっています。とにかく綺麗で、個室の中にも手を洗うところがありました。だから用を足したあと、清潔な手でコートを着て、カバンを持てる。新宿でもよおしたときはいつもそこに行ってましたね。

菊地 街でのトイレ探しということで言うなら、今はトイレの位置がわかるアプリもいくつかありますよね。ただし最終的に使えないなと思うのは、個室の混雑具合がわからないところ。

藏本 そこまでこだわりますか(笑)。

菊地 だって、トイレをアプリで探すくらい急を要してるんだよ。水を流すレバーやドアの開閉部分にセンサーでもつけておけば、できるはず。

藏本 渋滞がわかるカーナビみたいですね。

辻森 池上先生ネタ、もうひとついいですか。昨年末に僕が担当した、大学講義を書籍化した『池上彰の「経済学」講義 歴史編』の中で、学生にこういう質問をしているんです。「中央本線に乗ります。(池上先生の)生まれ故郷である松本から新宿に向かって乗ると、東京の八王子くらいで、車内アナウンスが流れます。『ここから先、トイレの使用はご遠慮ください』。なぜそんな車内アナウンスが流れたと思いますか?」と。

菊地 ははあ、なるほど。わかります。

藏本 えっ? わかんないです。

辻森 正解は「トイレが垂れ流しだったから」。昔は走行中の電車から糞尿を線路に垂れ流していたんですね。だけど住宅が密集している都市部に入ってきたらさすがにまずかろうと。その境目が八王子のあたり。

菊地 (笑)。

辻森 当時はこれを、公害ならぬ「黄害」と呼んでいました。垂れ流された糞尿のせいで、沿線に干してある洗濯物に黄色い斑点がつくので。

藏本 恐ろしいですね……。

IMG_4591

辻森 今だと考えられないようなことが、わりとつい最近まであったわけです。よく「日本人は昔からきれい好き」とか言われますけど、決してそんなことはなかった。ゴミは外に捨てるし、道端に痰は吐くし。そんなに大昔の話ではありません。

菊地 本の中でも、つい最近まで女性が立ちションしていたという話が出てきましたね。

藏本 いま流行りの山ガールは、野ションができないと困っちゃいますよね。ほぼ毎週末に山に登っている友人曰く、「真の山ガールとは、何日も風呂に入らずとも平気で、登山道の脇でも平気で野糞できる」女性をいうとか。

菊地 「登山外来」っていう医療ジャンルがあるんですけど、女性登山者は脱水症状を訴える人が多いそうです。なぜかというと、女性は野ションを避けるので山で排泄しない。排泄しないから喉が渇かない。渇かないから水分を取らない。だから脱水症状になると。

辻森 この本、世界のトイレについての記述も面白いですよね。仕切りも目隠しも何もない通称「ニーハオトイレ」は、僕も北京市内で目撃したことがあります。なんだろうと思って近づいたら、同じ日本人旅行者が用を足してる最中で、「こっち来るな」って目配せされました。

菊地 僕は昨年、北朝鮮の平壌にプロレスイベントを観に行ってきたんですが、観光客が連れ回されるトイレはすべて洋式でしたね。藏本くんは何かある?

藏本 僕は海外に行ったことがないんですよ。

菊地 え、1回も?

藏本 パスポートを持ってないです。「外に出ない若者たち」の代表、ということで(笑)。

辻森 これも池上先生の持論というか半分笑い話ですけど、今の若者たちが海外に行かなくなった理由は、日本のものすごく綺麗なトイレに慣れちゃってるからだと。海外には劣悪なトイレがまだまだありますからね。当たり前に便座が温かくて温水が出るトイレに小さいころから慣れちゃってたら、そりゃあ海外のトイレなんて使えない。

菊地 今年、訪日外国人が2000万人を突破しそうですけど、その理由が円安ともうひとつ、外国人にウォシュレットが発見されたからという仮説も語れそうです(笑)。実際、日本のトイレはすごいですよね。僕の自宅のトイレなんて、操作パネルが外れてリモコンになりますからね。

藏本 Wii Uみたいな(笑)。

菊地 これ意味があるのかなと思うんですけど、豪邸でトイレが広いところはパネルが壁にくっついてなくてスタンドマイクみたいになってますからね。リモコンをどこにでも置けるわけですよ。

藏本 しかしウォシュレットって水が奥まで入ってくるから、腸内細菌まで流れ出ちゃいそうですよね。今の日本人とかつての日本人は腸内環境も違うのかもしれない。

菊地 そんなに奥まで水は入らない! というか、ぜんぜんアカデミックな話にならないですね。この本って、いい意味で意外とアカデミックじゃないんですよね(笑)。

カバーデザインがまさかの……

藏本 この本のいいところは、常識だと思っていたことのわりと正反対の事実が提示される部分だと思います。

菊地 確かに、自分たちの固定観念が覆される。

藏本 新書の本来的な役割ですよね。

菊地 売れ線にはなりづらいかもしれないけど、こういう内容のものがラインナップされているのは「平凡社新書」というブランドの豊かさにつながります。いわゆる「本読み」はこういう本を好みそう。比較文化系のネタにお金を払うだけのリテラシーがあり、こういう本を楽しめる自分は「豊か」だと感じられる人たちというか。

藏本 最初に菊地さんがおっしゃっていますが、それこそニュース番組のサブテキストじゃなくて、読書のための読書をする人たちに向けた本であると。本書は本読みが集まる街の大きな書店さんで、ぱっと見棚に刺さった1冊しか見つけられなかったのですが、よく売れていたからなのかもしれません。

菊地 あと……まさかですけど、カバーの水色が水洗をイメージしてるのでは、なんて思ったりして。平凡社新書は全部同じデザインではありますが、なんか見えてきてしまう。

藏本 たしかに見えてきました!(笑)

菊地 しかもこの白い部分が便座のフタに……。とまあ、各自のトイレ体験からうんちく披露からカバーデザインに至るまで、1冊でここまでコミュニケーション促進を図れる本も珍しいですよ。本当にいろんなことをしゃべりたくなる。

藏本 座談会向けの1冊ですよね。本文に「トイレはそこであらゆる人が平等になる、民主主義的な空間なのである」と書いてありましたけど、それこそ、トイレの話って民主主義的に誰でもできますからね。

辻森 飲み会の席でも、年配の人が若者に「お前、昔こんなトイレがあったの知らないだろう」という話題で和気あいあいとなりそうです。

藏本 いえ、飲み会でトイレの話はしないですよ(笑)。