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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は1月刊の新書から、戦国史研究家の乃至政彦さんによる『戦国の陣形』(講談社現代新書)を取り上げます。「陣形」というマニア向けの内容を扱った本書ですが、好調な売り上げを見せています。今年最初の座談会は、歴史物の本を巡る出版界の行く末など、熱い議論に発展して……。(構成・宮崎智之)

今回の参加者

 角川新書編集長。DHCシアター様で放送いただいたテレビ版「新書座談会」vol.5がyoutubeにアップされました。年度替わりでこれが最後かも…と言われておりまして、ぜひこの機会にチェックをいただければ幸いです。

菊地 座談会のなかでも説明していますが、歴史関係はまったく不勉強でして。お恥ずかしい限り。漫画『キングダム』(原泰久、集英社)を読んでたもので、今回の陣形本には反応しました。

大森 営業企画局 新書・ノンフィクション課課長。書店員から出版社勤務に転じて今年で10年になります。今回はやや難解な歴史書がテーマということで、緊張の面持ちで参加。

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歴史物には3パターンある

 2016年になりまして、活字コンテンツとしては最初の「新書座談会」になります。今日は原と菊地と、そして新書の営業をまとめてくれている大森さんに来ていただきました。今日はこの3人でお送りしたいと思います。

菊地 大森さんは、課長なんですね。

大森 そう。課長です(笑)

 今回、選んだ新書は乃至政彦さんの『戦国の陣形』(講談社現代新書)です。講談社現代新書のメールマガジンによると、4刷りかかっているそうですね。注目の新書だと思っています。選んでくれたのは菊地君だったので、推薦の弁をもらっていいですか。

菊地 僕は大学生の時から、「おっさんは、なんでこんなに戦国武将が好きなのかな」と不思議に思っていました。イメージでは、社長や部長が訓示をするときに、戦国武将の言葉を取り上げることが多い。「武将の話をし出したら、自分もおっさんの仲間入りだな」と思ってきたわけですが、そんななか、『戦国の陣形』という今まで見たことのない切り口の新書が出て、驚きました。これは興味深いと、すぐさま思って推薦した次第です。

 歴史には興味がないという菊地君でも、思わず手にとってしまう本だったということですね。

菊地 そうです。大森さんは、今回あまり意図もなくお呼びだてしてしまったわけですけど、歴史は好きですか?

大森 意図がないんですね(笑)。僕も実はあまり歴史に詳しくないのですが、KADOKAWAと合併した中経出版にいたので、営業職として『歴史読本』のような歴史書を扱っていました。ですので、歴史物については少しかじっている感じです。

菊地 どういう本が売れるんでしょう?

大森 大きく分けて歴史物には3パターンあります。一つ目は、菊地さんが「おっさん云々」と言っていたような、コアな歴史ファンに向けた本。『戦国の陣形』は、このカテゴリーに入ると思います。コアなファンがストレートに読むマニアックな本、というのがまず一つ目です。二つ目は、雑学系。『誰も書かなかった 日本史「その後」の謎』(KADOKAWA/中経出版)といった本も、この雑学系の中に入ると考えられます。

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菊地 「教科書では、こう書かれているけど……」みたいな。

 「あまり知られていないけど、実はこんな人がいて、こんなことがあった」といったような本ですね。

大森 板垣退助は「板垣死すとも自由は死せず」と言ったのは実は死に際ではなくて、その後40年も生きていたみたいな感じでしょうか。ほかにも雑学系では、『歴史が面白くなる 東大のディープな日本史』(KADOKAWA/中経出版)があります。東大の入試には、かなりマニアックなことを聞いてくる問題が多いので、歴史好きの人も新鮮な気持ちで読むことができる本です。これは3巻まで出て、20万部くらい売れました。

 僕も読んだんですけど、20万というのは意外というか、そんな簡単な内容ではないですよね。東大の日本史は論述試験で、歴史的事件の因果を広範に問うような内容が多い。その問題を解説しているので、楽しんで読むためには相当の知識がないと、ついていけません。

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大森 そうなんです。かなり難しい。だから、コアファン向けと雑学系の中間といった感じかもしれません。そして三つ目が、『仕事に効く 教養としての「世界史」』(出口治明著、祥伝社)などの教養系。歴史の知識がビジネスに役立つという切り口ですが、不思議と日本史より世界史の方が多いんですよね。このジャンルは、よく売れています。

 「18世紀半ばから産業革命が起きた」といった後世まとめられた事実を普通、学校で教わるわけですが、それだけだとなぜそれが起きたかの理由がわからない。でも、世界の歴史には、人物や出来事だけではなく、地質学的、気候、あるいはモータリゼーションといった技術革新なども関係してくる。そうしたことをトータルで学ぼうという流れが出てきたため、教養系が人気なのかもしれません。

大森 個人的には、テレビの「ブラタモリ」もそうなんですけど、昔の江戸はこうだったとか、日比谷公園の周りは入江になっていたとかいった情報が大好きなんです。そのへんは陣形にも関わってくるかもしれないんですけどね。こういう地形なら、こういう陣形だといったように。歴史っていろんな入り方があるんだなと、『戦国の陣形』を読んで改めて感じました。

柳生十兵衛は眼帯をしていない?

 なぜこの『戦国の陣形』が出たのかという文脈を推測するに、大河ドラマ『真田丸』の放送時期を狙ったと考えられます。大河ドラマは普通、坂本龍馬や新島八重といった人物にフォーカスするものが多いのに、今回は真田信繁と言いつつ「真田丸」とタイトルにしている。これは砦ですよね。戦国時代の建築や土木技術に着目する番組もこれまであったとは思うのですが、ドラマのタイトルに持ってくるのは珍しい。歴史の中であまりフォーカスされていなかった部分に光をあてるという意味では、今回の「陣形」も似ているかもしれません。

菊地 今回の大河ドラマは原作がなくて、三谷幸喜さんの脚本だそうですね。

 原作がある大河ドラマは珍しくなってきているわけですけど、三谷さんのオリジナルで、歴史で明らかになっていない部分をドラマの想像力でつなぐ。そうことを今回はやっているわけですね。

菊地 著者の乃至さんは、本当に「陣形オタク」ですよね。

大森 そうそう。陣形オタク。すごく専門的な内容です。

菊地 ドラマを観たり、ゲームをしたりしている時に、「この陣形は強調しすぎじゃないの」「リアリティがないんじゃないの」と感じたところから出発している。狭い分野だけど、心に刺さるものがあります。

 内容を大雑把にまとめると、陣形の種類は「魚鱗」や「鶴翼」とかではなくて、大枠二つくらいしかなかった。そして、ゲームなどを作る際に生じる必要性から、分類だったり、相性だったりといったことを言っているけど、中国で運用されていたようなシステマチックな兵隊の運用制度は日本の武家社会にはなかった、と解説されています。細かい固有名詞を追うのは難しいですが、そこがわからなくても十分に楽しめる内容です。

菊地 有名な織田信長の「三段撃ち」は信長オリジナルではなかったというのが定説になりつつあると書かれていて、びっくりしました。高校入試で長篠の戦いが出題されていましたが、そうか、本当はなかったのか……と(笑)

 聖徳太子と思われていた絵が、実はそうではない可能性が高いとも言われていますよね。僕らが学生の時に習っていたことが、その後の検証でどんどん更新されています。

菊地 「山本勘助、伊達政宗、柳生十兵衛の三人は眼帯イメージが定着しているが、中世や近世初期の肖像画で眼帯をつけている日本人の例は見出されておらず」とも(笑)

 これも、びっくりですよね。映画『魔界転生』で柳生十兵衛役の千葉真一さんが眼帯をしていて、そのイメージが強かったのに……。僕らが学生の時とは違う歴史の解釈があって、今の子どもはそれを教えられているんだけど、大人たちは知らない。たとえば645年の出来事を今は「大化の改新」ではなく、「乙巳の変」と習うそうです。

菊地 え、そうなんですか?

 そういった更新された情報を一般書として出版することには、意義がありますよね。

大森 実際、『歴史読本』でも、古代史物が売れるんですよ。古代史はいろいろ解釈が変わるので、ワクワクしながら読めるということがあるのだと思います。

 『戦国の陣形』も、それに近いかもしれませんね。知られざる部分を、僕らに教えてくれるような。

「陣形萌え」は存在する?

大森 日販の販売データを見てみると、一番多い購入者は50代で、次が40代。思ったより年長過ぎない印象です。ゲームに多少馴染みがある人たちが、陣形に興味を持って買っているのかもしれません。

菊地 ゲームは、オタク的な知識や教養を得やすいメディアです。2008年に出版された新書で『4‐2‐3‐1 サッカーを戦術から理解する』(杉山茂樹著、光文社)というものがあります。この「4‐2‐3‐1」は、サッカーのフォーメーションなんですね。

大森 なるほど。すごいタイトルですね。

菊地 「4‐2‐3‐1フォーメーション」が世界的に流行し、日本の多くのクラブでも採用されていた時期でした。「こんなタイトルありなの?」と驚いたのですが、「ウイニングイレブン」で遊んだ世代にとっては馴染みがあるんですよね。これもある意味、「陣形本」だと言えるかもしれません。

大森 僕も「陣形」と聞いたとき、思い出したのはサッカーのことでした。

菊地 サッカーは「フォーメンション論者」といって、とにかくフォーメーションでものを語りたい人がいます。もしかしたら、「陣形萌え」というジャンルがあるのかもしれない。あと、『戦国の陣形』の趣旨とは少し違ってしまいますが、「孫子の兵法」のように、戦いにおける陣形がビジネスに援用されることもたくさんあるわけで。

 ビジネス書はアメリカからネタがきていることが多いと思うんですけど、ビジネスにおけるマネジメントの手法は、もともと軍隊のノウハウであるケースもあります。「人をどういう風に配置したら効率よく動くのか」といったノウハウも、陣形を考えることにリンクするところがあって、やはりこれは西洋のものなんだなと感じるわけです。

菊地 ビジネスへの援用でいうと、一番わかりやすい例では「ランチェスター戦略」でしょうか。持っている武器が少ない弱者が、どのようにして強者に立ち向かうかを考える戦略です。ビジネスが戦争に似ていることはわかるんだけど、なぜ、おっさんは戦国武将なのかという疑問は残る(笑)

 福沢諭吉を引用して喋ってもいいはずなのに、ってことですよね。

菊地 もっと近年の戦術論もあるはずなんだけど、なぜか戦国武将に人気が集中しますよね。

 そう思うと、やっぱり日本人は人物が好きなんですよね。歴史関連の書籍を見ても、偉人にフォーカスするものが圧倒的に多い気がします。幕末を事件で語るよりも、坂本龍馬で語ったほうが、日本人としてはしっくりくるわけじゃないですか。

菊地 「キャラ立ち」ということですよね。『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)の編集者に話を聞いたことがあるのですが、これまでも正義論の本はあったんだけど、あれだけが特別に売れたのはマイケル・サンデルという教授を表紙に出して、キャラ立ちがなされたからじゃないかと分析していました。

大森 でも、『戦国の陣形』は人にフォーカスした本ではありません。

 だから面白いんです。「ここまで来たか」という感じもあるんですよ。人物を扱わなければ歴史物が成り立たなかった時代があったけど、今は情報が行き渡って、読者の歴史を見る読者の目も成熟していきています。「単なる偉人史ではない歴史を見たい」というステージに入ってきたのかなと思います。

まだまだ掘り出せる歴史物のジャンル

大森 そう考えると、まだまだ切り口はありそうですよね。

 意外と知られていないことは、もっとあるんだと思います。龍馬を通じてでしか明治維新を語れないと思いがちだけど、そうではない切り口はたくさんある。たとえば、歴史学者の磯田道史さんがされているような仕事もそうですよね。偉人を扱わなくても、金沢藩の武家の生活に着目するだけで、江戸時代のあり方が立体的に見えてきたり、災害に着目して藩が置かれた状況を検証することで、当時の人々の生き方、生活の仕方がわかってきたり。そういった本が増えてきたことは、近年の特徴かもしれませんね。

菊地 筆者の乃至さんは「おわりに」で、執筆の機会と意欲を与えてくれたのは作家の伊東潤さんだと謝辞を述べています。伊東さんはお城が大好きで、同じく講談社現代新書で、『城を攻める 城を守る』という本を出版されていますよね。専門性が高い人は、専門性が高い人と知り合うということでしょうか。僕らとしては、そこに書籍のチャンスがある。

 一方、人物者もまだまだ掘り起こせる感じもしています。和田竜さんの『村上海賊の娘』(新潮社)『のぼうの城』(小学館)もそうですが、知られざる偉人がいるわけですよね。柴咲コウさんが演じる来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」もそうですし。

大森 「蘇我氏」の本も、中央公論と岩波から出て、売れているみたいですよ。

菊地 ほぼ、同時期に出ましたよね。

大森 そんなピンポイントでも売れるんだと思いました。名前は誰でも知っているけど、あまり詳しく知られていないのが「蘇我氏」だったのかもしれません。

 僕らは子供の頃に歴史漫画で、中大兄皇子が正義の味方であり、悪い政治をしている蘇我氏をやっつけて、日本という国を盛り上げたんだというイメージを持っています。でも、それが本当なのかはよく知らないわけですよ。実は蘇我氏もちゃんとした政治をやっていたのかもしれない。先ほども話題に出ましたが、学者さんの検証で歴史が更新されていっているので、改めて学び直そうと思う人が多いのでしょう。

大森 僕が体験したのは、桶狭間ってあるじゃないですか。国道1号線沿にあって、名古屋に行った時に寄ったんですね。教科書を読んだ限りでは、桶狭間には谷が両脇にあり、そこで今川義元が挟み撃ちされたというイメージを持っていたんですけど、実際に行ってみたら平坦な土地なんです。いったい、どこに「狭間」があるんだろうって(笑)。「蘇我=悪」もそうですが、イメージだけで歴史を考えている節は誰にでもありますよね。だから、意外とまだまだ読者に「発見」を届けることができるんだと思います。

 交通機関が発達したから、現地に行きやすくなりましたからね。テレビ番組の「水曜どうでしょう」でも、桶狭間などの古戦場に行く企画が人気でした。大泉洋さんは、社会科の教員免許を持っているから、そういう企画ができるのでしょう。

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コアな情報の本がウケる理由

大森 歴史物の本というのは男女比が8対2、7対3くらいの割合なんですよね。“歴女”という言葉があるように、歴史物は女性もターゲットに入ってくるわけですが、この本に関しては男性に偏っているような感じですね。

 この本を買う人は男性が多いのかもしれないですけど、大河ドラマは女性がかなり観ている印象です。やっぱり大河ドラマの視聴率が高いと、本が売れるんですよ。固有名を出すとあれですが、新島八重や前回の吉田松陰の妹・文の時とかだと、視聴率が高くなかったこともあって、書籍もこれというヒット作がありませんでした。ところが「真田丸」は視聴率が20%を超えた回もあるほど好調だからか、うちが出した山名美和子さんの『真田一族と幸村の城』も重版がかかっているし、『戦国の陣形』も売れています。なので、大河ドラマが盛り上がることは、出版業界にとっても大事なことなんだと、改めて思います。

菊地 でも、『戦国の陣形』を「真田丸」ファンが買っているのかといったら、わからないですよね。

 そうなんだ。

大森 販売データでは、併読書名で「真田」は出てこないです。

 なら、どっちらかというとコアな層に買われていると分析したほうがよさそうですね。教科書では教えてくれなかった、歴史の側面を教えてくれるという。

菊地 ビギナーでも得られるような情報は、ウェブ上にあるわけですよね。読者が本に求めるのは、ウェブにない情報です。『戦国の陣形』には、この本にしか書かれていないオリジナル性の高い情報が満載なので、売れて当たり前だという見方もできそうです。

 雑誌の「ウォーカー」ってあるじゃないですか。街情報はウェブにたくさんあるわけですから、「どこそこのご飯が美味しいですよ」だけでは買ってもらえないので、特殊な切り方をするようになってきているんです。唐揚げだけ特集するとか、「超合金ウォーカー」なんてものもあります。ものすごく細かいセグメントで出しているんです。ウェブでは得ることができない深い情報を提供することで、それに興味がある人が買ってくれる。今、出版のできることは、より深く、よりコアにという方向なのかもしれません。

大森 そういう意味では、値段的にも一つのテーマを取り上げるサイズ的にも、新書が丁度いいと思います。『戦国の陣形』のようなコアな本が新書で売れているのには、そういう理由があるのかもしれませんね。