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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は2月刊の新書から、ノンフィクション作家の田崎健太さんによる『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)を取り上げます。

電通とFIFA

サッカービジネスの巨大化に深く関わってきた電通の功罪を追った本書。サッカー好きの編集者と、元スポーツライターの営業担当が出席した座談会は、サッカー談義を超えて「これからの編集者論」にまで及びました。(構成・宮崎智之)

今回の参加者

 角川新書編集長。今回の対談にあたり新書ではないですが戸部田誠著『1989年のテレビっ子』(双葉社)を読んだ感想を自分の中で重ね合わせていました。80~90年代、テレビのお笑い界の主役たちの裏で、プロデューサーと呼ばれる人たちがいかに重要な役割を果たしたかよくわかる一冊です。

菊地 角川新書編集部員。先日、ガンバ大阪のホームである吹田スタジアム(通称:新スタ)に初めて行きました。なにより、スタンド席の傾斜角度!いやー、とっても試合が見やすく、もういろんな地方にある「運動公園型スタジアム(陸上トラック併設)」では満足できない体に……。今年もサッカーに関する本を世に送り出す予定です。

大山 営業企画局 新書・ノンフィクション課でノンフィクションを担当。過去にいくつかの仕事を経験し、現職へ。今回のテーマが得意分野の『スポーツ』ということで張り切って参加。今年の目標は子供(2歳)とサッカー観戦にいくこと。吹田に行った菊地さんがうらやましい……。

電通という得体の知れない巨人

 今回は2月に出た新刊の中から、田崎健太さんの『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)を菊地君の推薦で選ばせていただきました。今日は原と菊地、ノンフィクション単行本を担当する営業の大山さんで座談会を開かせていただきます。

菊地 『電通とFIFA』を選んだ理由は三つあります。一つ目が、僕が担当した下薗昌記著『ラストピース J2降格から三冠達成を果たしたガンバ大阪の軌跡』が、めでたく「サッカー本大賞2016」を受賞しました。そのことをこの場で言いたいがために、サッカー本をセレクトしたという(笑)

 おめでとうございます(笑)

菊地 『電通とFIFA』は書き下ろしではなく、カンゼンという出版社の雑誌「フットボール批評」の連載を一冊にまとめたものです。カンゼンさんは「サッカー本大賞」の主催者でもあります。二つ目は、大山さんはKADOKAWAで営業をしていますが、実は華麗な経歴の持ち主でして、かつてスポーツライターとして活躍していました。『電通とFIFA』について語る上で、うってつけの人物です。三つ目の理由は、後ほど話しましょう。

 では、大山さんに自己紹介をお願いしましょうか。

大山 私は中学生の頃から「Number」などを読みあさるスポーツ好きだったので、スポーツライターをしてみたいなと思っていたところ、「リクナビ」で某スポーツライター事務所の募集が普通に出ていました。そこに応募したところ採用されて、アマチュアスポーツとサッカーをメインに担当しました。その事務所がウェブサイトを持っていていくつかの連載コラムの編集担当もしていたのですが、その内のひとつが『電通とFIFA』の著者・田崎さんのコラムだったんです。さらに言うと、その事務所に入る直前、図書館で偶然手に取った本が田崎さんの『W杯ビジネス30年戦争』(新潮社)でした。当時は田崎さんの名前を知らなかったのですが、この本がとても面白かったのを今でも鮮明に覚えています。すごい仕事をされている方だなと思っていたところ、事務所に入って担当することになったんです。

 今回の座談会が決まる前に、『電通とFIFA』を読んでいたんですよね?

大山 はい。面白くて1日で読み終えてしまいました。

 私は普段、サッカーをあまり観ません。『電通とFIFA』も今回の座談会がなければ読まなかったでしょう。しかし、読んでみると非常に興味深い。とんでもない本を見つけたなという気持ちになりました。

菊地 電通とFIFAの関係を知らない方は、驚く内容ですよね。内容を簡単に説明すると、現在、FIFAの幹部がワールドカップ招致を巡る贈収賄で次々と摘発されています。ワールドカップは、オリンピックを超える国と地域が参加する巨大なイベントであり、当然そこには多額のお金が動いている。そこまで巨大化した背景には、実は日本の広告代理店である電通が大きく関与していたという歴史があるんですね。それまでヨーロッパ中心だったサッカー界に、ブラジルや南米の線を繋いだのが、この本の主人公である電通の高橋治之さん(現・電通顧問)。サッカー好きの人には知られた話なのですが、高橋さんへの直接取材などを通して、ここまで綿密に書き上げたのは、快挙だと思いました。

大山 電通という会社がすごいということは誰もが知っているけれど、どうすごいのかについてはあまり知られていないし、マスメディアも当然報道しません。サッカービジネスを影で支えているのは日本の電通であり、しかも高橋さんがいなければそうはなっていなかった。一人の男と、アディダスなどのプレイヤーがサッカービジネスを盛り上げていくというストーリーは、読んでいて純粋に面白いと感じました。電通という得体の知れない巨人がどんなことをしているのかが、つまびらかになっている珍しい本です。

サッカービジネスの興隆に尽力した日本人たち

菊地 「クラブワールドカップ」の前身は、トヨタがスポンサーになっていた「トヨタカップ」です。世界一のクラブを決める大会も、日本人の尽力で開催されることになった。サッカーの片面に競技があり、もう片面にエンターテイメントとしてのビジネスがあるとしたら、後者においては日本人による貢献は結構大きいんです。

大山 なぜ世界の端の島国で、世界一決定戦をやっているのか。考えてみれば不思議なことなんですよね。もちろん、ヨーロッパと南米の中間点だからということもあるのですが。

菊地 2010年に電通は『日本は、サッカーの国になれたか。電通の格闘。』という本を出しています。『電通とFIFA』に出てくる高橋さんの部下に当たる濱口博行さんが書いた本です。すでに絶版になっていますが、電子書籍で購入することができます。

日本はサッカーの国になれたか。電通の格闘。

 『電通とFIFA』を補完するような内容なの?

菊地 そうです。ただ、著者が電通の方で、版元も電通ということに比べ、『電通とFIFA』はジャーナリストの客観的な視点で書かれているので、一線を画す本にはなっています。

 若い読者からすると、サッカーがマイナースポーツだった時代があったことを想像できないかもしれませんが、「キャプテン翼」が流行るまでは本当に地味なスポーツのイメージで、野球をやりたがる子どものほうが多かったように思います。テレビのサッカー中継も珍しくて、たぶんNHKでやるくらいだったんじゃないかな。

菊地 テレビ東京の「ダイヤモンドサッカー」という番組もありましたね。サッカーの試合なのに、前半と後半を2週にわたって放送するという内容でした(笑)。今だったら考えられない。

 93年にJリーグができる前くらいから注目が集まって、産業としてすくすくと育ってきたわけなんですが、「その過程でこんなことが行われていたのか!」と『電通とFIFA』を読んで驚いきました。サッカーに詳しいお二人にとって、「ここが発見!」という部分はありましたか?

大山 高橋さんのパーソナルな部分を知れたのは、興味深かったですね。

菊地 高橋さんの弟は、高橋治則さんといって、ゴルフ場やリゾートホテルなどの開発を手がけたバブル時代の寵児であり、後に「長銀を潰した男」と呼ばれた人物でした。治則さんの話はまったく知らなかったので、僕にとっては新しい発見ですね。

 「この人がいなければ、こうはなっていない」というような個性が際立つ人物が、『電通とFIFA』にはたくさん登場します。一方、現在はビジネスが巨大化しすぎて、もはや一人の華々しい人間がいたところで動かせるような時代ではなくなっている。そういった対比も面白いと思いました。

大山 第六章のタイトルは、「全員悪人」です。まさに現在、FIFA幹部の摘発が相次いでいるわけですが、言い方は悪いですけど、悪人の中心にいるはずの電通は直接手を汚していないんですよね。「全員悪人」と称されるような中でも上手く立ち回って、ビジネスとして成立させてきました。その後にお金に群がる人たちが集まってきたわけですが。

第六章 全員悪人

 日本はコンプライアンスが厳しいですもんね。

大山 電通のバランス感覚がうかがえます。

『電通とFIFA』に学ぶ、これからの編集者

菊地 『電通とFIFA』を選んだ三つ目の理由は、本書が「現在における出版社や編集者の仕事」について考えるきっかけになるのではないかというものです。かつてと比べれば業界の規模がシュリンクしているので、一つひとつの商品の生産金額は低くなっているわけですけど、電通がFIFAやサッカー業界に対して行ったような「プロデューサー的な仕事」を編集者はしなくてはならない、と。

大山 なるほど。

菊地 単純に本を作って売るだけではなく、ニュース作り、話題作り、もっと言えば“お祭り騒ぎ”を作るところまで、編集者はプロデューサー的な役割を担わなければいけない。そういう観点で本書を読むと、高橋さんの仕事がとても参考になると思っています。

 なにもないところに広告は生まれないので、イベントを作る。イベントを作るためにはきっかけや理由付けが必要になるため、そこにストーリーを与えていく。高橋さんのやった仕事は、まさにサッカービジネスのプロデュースでした。編集者は本だけを作っていればいいと思ってしまいがちだけど、本の川上である著者からファンのコミュニティまでをリンクさせて、ブームを作っていかなければならないということですよね。

菊地 プロデューサーの仕事を知る上で参考になるのが、馬場康夫著『「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た!』(講談社)という本です。ディズニーランドが日本に進出する際に、三菱と三井が競っていたんですよね。最終的に三井系の企業が勝ち、浦安にディズニーランドが進出します。そこに至るまでの経緯やアイディアの競い合い描かれていて、とても勉強になる一冊です。

ディズニーランドが日本に来た!

さらに、日本に深夜番組を作ったビデオプロモーション名誉会長の藤田潔さんによる『テレビ快男児―あの凄い番組をつくった男の50年』(プレジデント社)も面白い。実は、この藤田さんの本の中に、高橋さんが出てくるんです。物事を大きく動かしたプロデューサーたちは、秋元康さんのように名前は知られていなくても、横のつながりで仕事をしていたんでしょう。それはある意味、僕たちがイメージする広告代理店的な動き方だなと思わないでもない。

テレビ快男児

 高橋さんがサッカービジネスに関わりを持ったのは、1976年ごろからですよね。

菊地 日本で行われたペレの引退イベント「ペレ・サヨナラ・ゲーム」の前あたりからだと思います。これを成功させたことによって、「サッカーで巨大なお金が動く。しかも極東の日本で」ということにFIFAは驚いたわけだし、その信頼から電通との二人三脚が始まったという経緯があります。

 日本人は、スポーツに企業の論理が入ってくるのを好まない人が多いのかもしれないですけど、世界的に見るとそっちのほうが主流だと思います。たとえば、アメリカンフットボールに至っては、テレビのコマーシャルを挟むためにピリオドの時間が決められていたり、広告がしやすいようにゲームの演出が決められていたり。

菊地 ビジネス的な理由でルールが変更になることは、よくあることです。さらに、お金が動いて認知度が上がらない限り、その国の代表チームは強くなりません。普及や選手育成という意味においても、スポーツとお金は切っても切り離せない関係にあります。

大山 スポーツは広告とテレビがどうしても必要で、スタジアムでしか観られない試合がテレビを通じて何億人にも広がっていく。プロ選手が高い給料をもらっているのも、放映権ビジネスがあるからですし、競技の裾野を広げていく意味でも重要な役割があります。

もはやタブーなんてない

菊地 『電通とFIFA』は、日本人では田崎さんにしか書けない本だと思います。さまざまなしがらみがあって、太鼓持ちのような記事が多くなってしまっているなか、こうした本を作れるのは書き手としての力量があるからです。

大山 サッカービジネスに興味があるのは、おそらく30代から40代くらいまででしょう。一方、新書の想定読者は、もう少し高いはず。よく新書で出せたなと思います。

 「なんで、あんなにFIFAの幹部が捕まったんだろう」というニュースの副読本として買うかといったら、そこまでではないだろうし。でも、「スポーツの歴史」「ビジネス」という両面から興味深い本なので、ぜひ多くの人に手にとってもらいたいですよね。

菊地 田崎さんは、長州力や勝新太郎、それから自殺した伊良部秀輝も描いていますよね。今後、田崎さんがどんなモチーフを選ぶのか楽しみです。

 この1、2年、ノンフィクションが元気で、ヒット作が連続するようになってきています。それはやはり雑誌や新聞、WEBの役割が変化する中で、いろいろなところから情報が飛び出すようになった影響だと思います。特に顕著なのは、今年になってから週刊文春がスクープを連発していること。「今年はどうしちゃったんだろ」という思いもあるんですけど、いろいろなタブーが破られる時期に差し掛かっているのでしょう。他の週刊誌はまだ及び腰な部分もあるようですが、本当のタブーなんてないんですよ。みんな勝手に忖度して書かないだけなんです。池上彰さんが、選挙の支持母体に言及しても、どこかからクレームがくるわけでもない。ノンフィクションの素材が有り余っているし、読者の食いつきもいいので、もっともっと伸びていくジャンルだと予測しています。

菊地 誰もがわかっていることでも、言ったらいけないみたいな空気はありますよね。

 今はそういう臨界点は超えたと思う。だからズバッと書いちゃって、次の段階に行こうというのが今年なんだと感じます。今年は、まだまだスクープが出てくると思います。

大山 こういう本が新書で出てきて、しかも売れているというのは勇気づけられます。硬派なノンフィクションだけど、電通とFIFAの得体の知れなさを、魅力的なプレイヤーが登場するストーリーとともに読ませる。新書で出版してくれたからこそ、さまざまな人に届く可能性が広がったと思います。私は大学生の頃から新書棚が好きで、タイトルを見て面白そうな本を買っていました。大学生の頃の自分だったら、間違いなくこの本を買ったでしょう。入門書が多いイメージのある新書ですが、こうした本格的な本もたくさん出てきたら、もっと盛り上がっていくと思います。ネットで情報を無料で得ることが当たり前の時代に、本だから、新書だからこそ読める内容の作品が多く出版されるといいですね。