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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は5月刊の新書から、速水健朗さんの『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』 (朝日新書)を取り上げます。「人は何をもって住む場所を決めるのか」という本書の問題設定は、座談会参加者自身の住宅観をも浮き彫りにするものでした。(構成・稲田豊史)

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今回の参加者

 角川新書編集長。学生時代に四方田犬彦さんの『月島物語』を読んで、月島の長屋暮らしに憧れていましたが、ついに実行に移さずじまいでした。独身時代にもっとあちこちに住んでおけばよかったと後悔していますが、特に最近では座談会の中でも名前を出した『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』に登場した五反田が意表をついていていいなあと憧れているところです。

菊地 角川新書編集部員。実は高校時代も一人暮らしをしていました。それくらい、実家が田舎だったいうことです、はい。大学入学以降は「ターミナル駅の裏側に住む」ことを続けてきました。高島町駅(横浜駅の裏)、代々木駅(新宿駅の裏)、東池袋駅(池袋駅の裏)……。大きい書店もあれば、東急ハンズにだって自転車で行けますから、とても便利でした。

稲田豊史 フリーランス編集者・ライター。キネマ旬報社を経て2013年に独立。『東京どこに住む?』著者の速水健朗氏とは、自分も所属する団地好きユニット「団地団」のトークイベントで、たびたびご一緒させてもらっています。最近は、昨年書き下ろした単著『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)のおかげで、「アラサー女子について語れる中年男性」として各所でコメントを求められる日々。編集者・ライター 稲田豊史公式サイト

団地団と速水健朗さん

 今回は、マーケティング分野や都市論に一家言のあるライター・ジャーナリスト、速水健朗さんの最新刊です。僕が最近、とある街歩き本を編集していることもあり、街のありかたというものにちょうど関心を持っていたので選びました。それと、東京のいろいろな街を紹介するマンガ『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』(マキヒロチ・著/講談社)が周囲で話題になっていたのも、理由のひとつです。

菊地 今回、この原稿をまとめてくださるのは、以前にもお願いしたことのあるライターの稲田豊史さんですが、今回は座談会参加者としてもしゃべっていただきます。

 稲田さんは、団地団というユニットで速水さんともご一緒されていますね。そもそも団地団ってなんですか?

稲田 映画やマンガや小説など、フィクションに登場する団地を取り上げて、その意味を延々と語るトークユニットです。メンバーはカメラマン・ライターの大山顕さん、脚本家の佐藤大さん、速水健朗さん、マンガ家の今井哲也さん、作家の久保寺健彦さん、作家の山内マリコさん、そして僕。何ヵ月かに1度イベントを開催していて、もう足掛け6年くらい活動しています。

 イベントには僕も常々行きたいなと思ってるんですけど、なかなか行けなくて。どうして稲田さんはメンバー入りすることになったんですか。

稲田 僕はもともとキネマ旬報社という出版社にいたんですが、その時、速水さんの勧めで団地団のトークイベントに行ったところ、その面白さに魅了されまして。その場で本にさせてくれと申し出て、『団地団 ~ベランダから見渡す映画論~』(キネマ旬報社)という本をつくりました。つまり編集担当者です。

菊地 トークイベントでは『東京どこに住む?』に近い話題も出るんですか。

稲田 団地団は、実在の団地について、その立地的意味合いとか、都心からの距離とか、地域の特性や住民の青写真なんかも話題に出すので、まさに速水さんは本書のような、都市論的な観点での発言をよくされていますよ。本書にも登場する映画『下町の太陽』(1963年、監督:山田洋次)も、何年か前の団地団で取り上げています。

三者三様の「東京どこに住む?」

菊地 では、まず3人の東京住まい履歴から話しましょうか。僕は山形県出身で、今は東京にあるこのKADOKAWAという会社で働いているので、『東京どこに住む?』のタイトルどおり、どこに住むかというということについては、いくつも大きな選択をしてきました。今は国分寺市の戸建て住まいです。

 僕も地方、佐賀県出身です。新卒でKADOKAWA、以前は角川書店という社名でしたけど、西日本採用組として入社したんです。だから上京してきたときに東京の土地勘は全然なし。それで、会社の人事部の方の勧めのまま、会社のある飯田橋駅を通る東京メトロ(当時は営団地下鉄)有楽町線沿いに部屋を借りました。この沿線は比較的家賃が安いと聞いたので。

菊地 こないだ新入社員に話を聞いたら、今も同じように会社から有楽町線沿いを勧められるそうですよ。有楽町線が通っている池袋には、ジュンク堂書店池袋本店もありますしね。

稲田 出版人として、そこは外せませんね(笑)。以前はリブロもありましたし。

 僕は結局、氷川台駅の最寄りに部屋を借りたんですが、7年住んでだいたい周辺も遊びつくしたなと思ったので、今度は谷根千の一番端っこである根津駅の真ん前に引っ越しました。その後結婚したので、そこを引き払って今は大田区・蒲田の賃貸マンションです。ゆくゆくの一番の関心としては、子供が大きくなるにつれて、一番いい住環境の街はどこかなってこと。蒲田にずっといるかどうかわかんないと思いつつも、面白い街ではあるし、このままずるずる居そうな気もするし。菊地君は?

菊地 僕は、大学入学以来、2年に1回のペースで引っ越してます。引っ越しは結構好きで、今までに7回くらいかな。そんなに多くはないです。別の出版社に勤めてる僕の友人なんて、マンスリーマンションを3ヵ月~半年の単位で契約して、いろんな街に住んでますよ。

 本書の帯には「かつては西高東低、今は逆!」とあります。たしかに、かつては東京の西側に人気の街が多かったのに、今はそれぞれの街でそれぞれの味わいがある。だから3ヵ月ごとに住む街を変えるのも面白いかもしれません。中央線沿いには中央線カルチャーがあるし、東急線沿いを好む人は確実にいる。昨今、東京の東側が盛り上がってきて以降は、蔵前や清澄白河のあたりがオシャレな街に……。

稲田 それに関しては、僕の住まい履歴と絡めて言いたいことがありまして(笑)。

 おっ、そうですか。どうぞどうぞ。

稲田 僕も愛知県から出てきた地方出身者でして、今は目黒から東急目黒線で3つ目の西小山という駅が最寄りの戸建てに、2008年から住んでいます。その前は同じく西小山の賃貸に住んでいて、その前は学芸大学の賃貸に住んでいました。当時の会社に1本で通勤できたので。

菊地 ずっと東京の南西部ですね。

稲田 ええ、20年近く。それで、今のところに引っ越す前、2006年くらいに、東京中のいろんな地域の中古の戸建てを探しまくったんですよ。東京の東側の地域も、不動産屋に連れられてけっこう行きました。まさに清澄白河のあたりとか、森下、住吉、西大島とか。区で言うと江東区ですね。

 清澄白河が「サードウェーブコーヒーがどうだ」なんて言われる、ぜんぜん前だ。

稲田 はい。ただ、連れて行かれたはいいけど、東京の南西部にしか住んだことのなかった僕からすると、どの物件を見ても、一切、なんの魅力も感じなかったたんですよ。この地域に住んでいる方、住んでいた方には本当に失礼な話ですけど、こんなとこに住んだら俺は死んでしまうと思った。

菊地 死んでしまう(笑)。

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街のイメージが変化している

稲田 今思えば、単に街の見た目の佇まいや駅前の感じが、東京の西や南とは違うというだけで、別の趣きがあったんですが、当時はどうしても受け入れられなかった。この街に編集者である俺のライフスタイルを合わせるのは無理だという、変なプライドが邪魔をして(笑)。心が狭いというか、見識が浅いというか。だから、ここ数年の東側の地位向上というか、扱われ方の変化は非常に驚きなんです。だって、今はむしろ出版系の人も好んでこのあたりに住んでますよね。昨年結婚した出版社時代の元同僚の夫婦も、清澄白河のマンションが新居です。

菊地 僕が東京の東側を認識したのは、その清澄白河が最初です。2001年に『水曜日の情事』という野沢尚原作のドラマが放送されていて、主人公の本木雅弘と天海祐希の夫婦が住んでいたのが清澄白河だったんです。しかも本木の職業は編集者。ああ、出版社に務める人が清澄白河に住むんだな、と。

稲田 そのドラマを見ていれば、清澄白河も選択肢に入ってたかも(笑)。

菊地 時代が下って最近だと、雑誌「BRUTUS」の2010年9月1日号が「東京の、東へ」という特集で、これでも意識しましたね。あとはなんといっても、同じく2010年に放映されていた東野圭吾原作のドラマ『新参者』。作中でかなり人形町をフィーチャーしていました。

 たしかに、『新参者』のドラマを見て人形町に観光に行った人は多かったですね。ドラマで描かれた、「街に新しく来た人と地元民との葛藤の結果、事件が起きる」という状況は、まさに今、東京の東側界隈に起きていることですし。

菊地 ただ、僕も稲田さんと同じく、2010年以前、その「BRUTUS」や『新参者』の前だったら、あまり東京の東側に住もういう考えは持たなかったですよ。

稲田 当時は「出版人たるもの、引っ越すなら東京の西に行くべき」という意識に凝り固まっていました。

 まさに中央線沿線文化。

稲田 あるいは、西武新宿線でもいいなと。……「でもいい」ってかなり偉そうな物言いですけど(笑)。

菊地 「裏中央線」呼ばれる西武新宿線。

稲田 俺の出版人としてのプライドが保たれるのは西武新宿線までだ、と(笑)。だって、当時は本当に失礼な話、千葉に住んでる同業者に「え、千葉とか住む……んだ……」なんて思ってましたからね。今ではもちろん、そんな偏見はありませんけど。いやー、怖いですね、昔の出版人的感性。

 今だったら、どの街に住もうがなんでもありだし、それはそれで個性のある選択と受け取られますけどね。

稲田 むしろ今だったら、「いつまで中央線的感性に執着してるんだ、恥ずかしいだろ」って言われる空気すら、一部にはある。もちろん中央線も好きですけどね。今だに、ある種の憧れはありますから。

菊地 長らく続いていた街や路線の固定化されたイメージが、ここ数年で変化しつつあるんですよね。本にも書いてありましたけど、「オシャレな街としての代官山」って今さら言うのか?みたいな。

 吉祥寺が「住みたい街1位」から転落したり、川崎市の武蔵小杉が急上昇したりしてますからね。従来、吉祥寺に人が求めていたもの――おしゃれなお店、閑静な住宅街――なんてものは、今や東京のいろんなところに出現しているから「吉祥寺の代わりの街」がいっぱいあるんですよ。

稲田 ただ、「西高東低」の印象で判断してしまう人は、なかなか東京の東側には目を向けない。本に登場する自由が丘在住の女性スタイリストがそうでしたね。速水さん曰く、「(彼女は)印象で東側は嫌と言っているにすぎない」と。その速水さんが彼女に勧めていたのが錦糸町でした。都心への距離は自由が丘の半分で、家賃は自由が丘より安い。

菊地 僕には子供がいるんですが、実はアカチャンホンポとトイザらスの両方に駅から歩いて行けるのが錦糸町という街です。東京23区内で唯一、のはずです。小さい子供がいてクルマを持たない家族にとっては、実は便利な街。

 僕が住んでる蒲田は大田区ですけど、アカチャンホンポは川崎駅前のラゾーナ川崎プラザまで行かないと、ありません。

稲田 人気急上昇中の武蔵小杉では、駅前のグランツリーという商業施設にアカチャンホンポが入っています。グランツリー自体が完全に子連れ仕様の駅前型ショッピングモールとして設計されている。そういうところも、武蔵小杉が人気の理由なのかもしれませんね。

「街トーク」はなぜ盛り上がるのか

 こういう実名の街トークって、すごく盛り上がりますよね。街の名前がずらずら出てくる。

稲田 どの街をバカにしたら笑えるかなとか、どの街を話題にしたら一目置かれるかなとかというゲスい話は、皆どうしたって好きじゃないですか。とても差別的ではありますが、「▲▲区は治安が悪い」「●●区は所得が低い」って言っとけば、とりあえず笑いが取れるといった、非常にレベルの低い話も含めて。そういう意味では、さっきから登場している武蔵小杉は、どうとも取れる街ですよね。

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 お上りさん的なニュアンスもありますね。

稲田 武蔵小杉は最近になってどんどん高層マンションが建って、いきなりステータスが上がった印象がありますから、目をつけられやすい(笑)。邪気なくキラキラした目で「本当にいい街だ」って主張する人やメディアもいれば、ちょっとひねった輩……例えば団地団あたりで話題にのぼれば、きっと「武蔵小杉(笑)」って扱いになる。

菊地 「カッコ笑い」がつくと。

稲田 23区どころか川崎のくせに、何いい気になってんだ、と。ちなみに、7月に公開される映画『シン・ゴジラ』では、武蔵小杉の高層マンション群にゴジラが出現するらしいですけど、なんだか批評的ですらあります。

原・菊地 へえー。

稲田 ただ、僕がすごく困るなあと思っているのが、時代によって街の評価やランキングが変わるのはしょうがないとしても、そのランキング更新頻度が高すぎるということです。

菊地 本でも言及していましたが、「15年前は中目黒がかっこ良かったけど、今はそうでもない」みたいなケースですね。

稲田 独身のうちはいいんですよ。嫌になったら2年更新で引っ越せばいいんだから。でも、家族ができて、いざマンションなり戸建てなりの拠点を構えてから、あとで「もう、その街かっこ悪いよ」って断定されたら、萎えるでしょう。でも、だからこそ街トークって盛り上がると思うんですよ。自分が今住んでる街や、次に狙ってる街のポジションは、常に最新版を把握しておきたい。精神衛生上ね。

菊地 1985年に泉麻人さんが書いた『東京23区物語』(新潮社)がむちゃくちゃ売れたのも、そうでしょうね。クルマのナンバーも含めて「どの街だったらいいのか」という人々の意識は、不変なのかもしれないです。

稲田 去年、「東京カレンダー」のWEBで連載されていた「東京女子図鑑」、通称「綾の物語」がバズりましたよね。

原・菊地 あー(笑)。

稲田 田舎から上京した綾という女性が東京の街を引っ越していくというストーリーで、スタートは三軒茶屋。仕事上のステータスが上がるごとに、恵比寿、銀座、豊洲、代々木上原、そして三軒茶屋に戻るという。

 こんな奴いねえよ、っていう突っ込みも多かった(笑)。

稲田 その連載中に、出版界隈の人が皆やってたのが、「綾は次にどの街に引っ越すのか予想」。

菊地 そうそう!

稲田 東京近隣の在住者に限る話ではありますが、誰もが都内の街ランキング、もっと言えば「格付け」みたいなものを心のなかに持っていて、それを参照しながら、綾の人生ステータスと合致しそうな街を挙げていく。そんなゲームになってましたよね。お互いの格付けスキルを披露しあって答え合わせするのが、楽しくてたまらないという。ある意味で、『東京どこに住む?』という書名自体も、そういうゲスい興味を喚起しているのではないかと思いました。

 「綾の物語」は東京らしいといえば東京らしい。東京では、その時代時代における街のメタな印象を、皆が消費して楽しんでるんですよね。その街が実際にどうかということとは違う。これは東京に特有だと思うんです。神戸だったら、きっと街の順位は揺るがないじゃないですか。北から順にオシャレって言われてて、それが逆転することはない。

住みたい街≠住んでみてよかった街

稲田 ところで、東洋経済が毎年「住みよさランキング」というのを出してるんですが、2016年まで5年連続で1位なのは、どこの街だと思います? これ、絶対当たんないと思いますけど(笑)。

菊地 千葉県の市川市?

 埼玉のどっかじゃかったかな。

稲田 いいとこ突いてますね。正解は、千葉県の印西市です。千葉ニュータウンのある。まあ、これについて盛り上がると微妙な感じになるので、盛り上がれないんですが、何かが乖離してることは、感覚としてわかりますよね。一応、住みよさランキングは、公的な統計をもとに、「安心度」「利便度」「快適度」「富裕度」「住居水準充実度」といった観点から偏差値を出して算出してるんですが。

菊地 データに厳密ではありますね。

稲田 対照的に、この本で紹介されている、HOME'S総研の「センシュアス・シティ・ランキング」は統計ではなくて、住んでいる人の感覚値でランキングをつけています。「共同体に帰属している」「ロマンスがある」みたいな。これを主要都市の行政区単位で集計していると。

菊地 1位が文京区ですね。

稲田 上位陣はなんとなく従来ランキングに近い部分もありますが、中位以降はわりと違ってますよね。なぜかというと、これは「住みたい街」ではなくて「住んで良かった街」のランキングだからですよ。

菊地 よく紹介される「住みたい街・恵比寿」は、実際には住んでいない人が投票していると。

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稲田 「センシュアス」を「官能」と直訳するとあやふやですけど、要は住んでみた体感、五感で感じるという意味での「官能」なんですよ。だから斬新だし、まさに書名でもある「東京どこに住む?」を考えたとき、「センシュアス・シティ・ランキング」は一番参考にしていいランキングなんじゃないかって気がするわけです。ここには、「共同体に帰属している」「ロマンスがある」といった、他者との関わりや出会いを評価する指標があります。ただ、世の中には、あまり人と関わりたくないとか、なるべく住んでる家の近くで知り合いに会いたくないって人もいますよね。

菊地 その場合、「匿名性がある」っていう指標を見ればいい。

稲田 そうです。家の近くで女の子と手を繋いで歩いていても、街中に知られたくないっていうライフスタイルは、尊重されて然るべき。もちろん、街中の人と顔見知りがいいっていうライフスタイルもあっていい。そこは、自分好みの指標が高い街を探せばいいだけのこと。

人は住む場所を変えるべき

 稲田さんが本で印象に残った部分はどこですか。

稲田 これはほとんど本の結論に近い話ですが、まえがきで提示している「人はなぜ『わざわざ』都市に住むのか」の理由として、「頭がよくなるから」とアンサーしている部分でしょうか。

 最終章ですね。経済学者のティム・ハーフォードが主張している「『他人の近くにいること』で得られる効用は『頭が良くなること』」が引用されていました。

稲田 ただ、なるほどなと思った一方で、じゃあ本当に世の中の人はみな頭が良くなりたいのかといったら、それは違うなと。我々みたいに出版を生業にしている人とか、いわゆる知的産業に従事している人だったら、「学んで頭が良くなる」という行為が、人間にとって無条件に「善」かもしれないですけど。別に「頭がよくなること」を人生の目的にしていなくても全然構わないし、頭が良くなくても幸せにはなれる。だから逆説的にというか、このくだりを読んで、皆が皆、都市に住む必要はないんだなと思いました。

 頭のスイッチを切りたい人は、Iターンして里山を目指して出かけていってもいいわけですし。

菊地 湘南に憧れた団塊の世代なんて、まさに「都心で働いて、郊外に住む」というスイッチのオン・オフ切り替えを積極的にやりたい方々ですからね。それに比べると、都市部の近くにいて頭が良くなりたいというのは、仕事と生活にあまり境界線を引かない人ですよ。

 本にも書いてあったサイバーエージェントの「2駅ルール」、オフィスから2駅以内に住む社員に3万円の補助金を出す制度は、「ONになりっぱなしの状態」を会社が推奨してるわけですよね。自分が20代だったら、それはわかる気がする。でも結婚して子供がいたら、ちょっと困るかな。

稲田 そういうことも含めて、人間は人生の各フェイズ、年齢や家族構成の変化によって、住む場所を変えなければならないっていうのが結論でしょうね。そのことが、本のまえがき1行目に書かれている「日本人は引っ越しが嫌いである」と衝突していると。

 そうですね。

稲田 ひとり暮らしと家族暮らしで住まいを変えるのは当然として、本来は子供が乳幼児のときと、小学生のときと、高校生のときで、必要な間取りや住環境は違うはず。さらに大学進学でもし家を出て行ったら、部屋が余ってしまう。

菊地 僕も、いずれ子供が大きくなって出て行くことを見据えて、いずれは売却できる場所で買いました。子供が出て行ったら、そんなに大きい家はいらない。もっと都心に近いマンションに夫婦で住みたいですから。

稲田 豊島区雑司が谷の地域振興に尽力されている、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんという方が、取材でこんなことを言ってました。「子供が大学進学で家を出て行くなら、子供部屋が必要なのは、8歳から18歳までのたかだか10年くらいしかない。だったら、ミニマムの家を買うなり借りるなりして、その10年間だけ、近くに風呂なしの部屋でも借りればいい」。これ、なるほどと思ったんですよ。父親の書斎だの、蔵書部屋だの、季節家具をしまっておく納戸スペースだのは、近隣の風呂なし部屋でいいと。

菊地 住宅に限らずですけど、今は「所有する」ということ自体が何らかのリスクになりうる時代なので、それをクラウドなどのいろんなビジネスモデルが援用して、利用者側もそれが便利で使ってるわけですよね。住宅に関してそういう新しい視点が登場するのは、すごくいいことなんじゃないですか。

稲田 雑司が谷は山手線の内側、23区内ですけど、2万とか3万の家賃でそういう物件があるそうです。これって、単に住む側のライフハックというだけじゃなくて、発想によって街そのものの価値が変わる、読み替えられるということでもある。豊島区は23区で唯一、「消滅可能性都市」なんですけど、実はもっと価値が高い街ではないかと。

菊地 消滅可能性都市ってどんな定義でしたっけ?

稲田 2~30代の女性の数が、2010年から2040年までで半分以下に減る自治体のことです。でも、部屋をサテライトで賃貸できる可能性があるなら、家族で移り住むという現実感も出てくるでしょう。

菊地 今後は民泊やAirbnb (エアビーアンドビー)が流行って、余ってる部屋問題が解消される可能性が、なくもないですしね。

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団塊世代の呪縛を逃れて

稲田 ただ、僕や原さんみたいな団塊ジュニア世代や、もうちょっと下の菊地さんもそうかもしれませんけど、親世代、つまり団塊世代を見てると、家族を持って拠点を決めたら、そこにずっと住まなきゃいけないっていう“常識”で凝り固まってる。それがデフォルトになっちゃってる。我々は子供の頃からそれが普通なんだと、親から刷り込まれてしまった。

 いわゆる日本のマイホーム文化って、そんなに長い期間ではないはずですよね。戦後、昭和30年代以降の短い期間、団塊世代一世代だけ。

稲田 その一世代の、たかだか20数年しか流通していない常識なんですよ。「夫が働いて妻が専業主婦。子供2人。庭付き一戸建て。核家族。通勤は1時間半以内が理想」なんてのは。

 それを強烈なプレッシャーとして真似しなさいと言われ続けてきたわけですよ。我々団塊ジュニアは。

稲田 だから、「今の俺、父親が40過ぎたときくらいの感じに全然なってないな」と愕然とするわけですよ。財力的にも……。

 (笑)。だって違いますからね、当時とは。

稲田 比べてもしょうがないと言われても、近くにいるから比べちゃう。

 我々の親、団塊世代はそれをもっと自覚してほしいです。自分たちと同じことをやれと言われても、世の中がその状況を許してないんだから。僕は家を買わない選択をしていて、これからも買うつもりはまったくないんだけど、親は買え買えってうるさいんですよ。買ったらどんなに損するか説明するんですけど、わかってくれない(笑)。

稲田 それに今、家族構成って昔よりずっと頻繁に減ったり増えたりするじゃないですか。

菊地 ええ、流動性が高いです。

 熟年離婚も増えてますしね。バブルの頃にたくさんできた苗場のリゾートマンションが、いま数十万で投げ売りされていて、熟年離婚した男性がひとり暮らししているそうです。

稲田 昔の家族って、基本的には「子供ができて人数が増え、子供が家を出て人数が減る」だけでした。今は離婚でも減るし、出戻りもあるから、増減が激しい。

菊地 だからこそ、ライフスタイル、ライフステージによって、住む街を変えたり住む家を変えたりという自由さを持たなきゃいけない。そういう意味では、我々は「東京カレンダー」の連載に学ばなきゃいけないということですよ(笑)。

原・稲田 そのとおり!