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新書座談会

自社以外の新書を取り上げ、その魅力をざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は前回に引き続き中公新書ラクレの黒田剛史編集長とともにお送りします。取り上げた本は浅田義正、河合蘭著『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」』 (講談社ブルーバックス)です。(構成:角川新書編集部)

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今回の参加者

 かつてはドラマを見てもニュースで語られる分析で納得していたんですが、最近はtwitterとかの生の反応を追いかけるようになりました。書籍もドラマも低迷が言われますが、熱量のある応援者はどこにいるのかを探すことが打開の鍵と感じています。

菊地 連続ドラマをずっと追っかけていくことはままならないのですが、時間があればVODなんかで映画を観るようになりました。劇場で見た「シン・ゴジラ」にあてられて、「日本のいちばん長い日」(1967年)とか。次は「大統領の陰謀」(米・1976年)を見る予定です!

黒田 ドラマといえば、土曜深夜枠の「オトナの土ドラ」に注目しています。『あさが来る』では夫の側の不妊と特別養子縁組が描かれ、『ノンママ白書』では「ノンママ=子供を産まない選択をした女性たち」が主人公でした。主演女優は前者が安田成美、後者が鈴木保奈美。団塊ジュニア男子にはたまらない、憧れだったバブル姉さんたちの奮闘に感激しました。

お医者さんとライターさんが共著を出す意味

 今回とりあげるのは講談社ブルーバックスの『不妊治療を考えたら読む本』です。これは黒田さんに「今回リクエストはありますか?」とお尋ねしたらこの本が上がってきて。いい年した男性3人の座談会なのに何かの間違いかと思って、思わず「本当にこれでいいんですか?」と電話かけちゃったんですが、実は深い理由があってのセレクトで…

黒田 すいません(笑)。こういう座談会で取り上げるにはシリアスで繊細にすぎるテーマかなとも思ったんですが、いま社会的に非常に重要な話題ということと、もう一つは科学とか医療のような理科系的なテーマを教養新書がどう扱っていけばいいのかということを考えたいと思って選びました。

 黒田さんはこの問題に関心があったんでしょうか?

黒田 編集者として「女性読者を取り込みたい」という気持ちが常にありまして、この10月に『寿命を10年延ばす 「乳がん専門医」の教え』を中公新書ラクレから刊行するんですが、そういったテーマに関わるにあたりいろいろ参考資料として読んでいた、ということなんです。もちろん不妊は必ずしも女性の側に原因があるわけではありませんけれども。

菊地 この本では著者のおひとりの浅田義正さんは産婦人科で医学博士ということなんですが、もうお一人共著者として河合蘭さんという科学ジャーナリストの方がいらっしゃって、難しい内容をわかりやすく翻訳するという役割を担っているんですね。

 河合蘭さんは2013年に文春新書で刊行された『卵子老化の真実』や生活人新書(現NHK新書)の『未妊――「産む」と決められない』といった本をお書きになっていらっしゃって、『卵子老化の真実』はかなりヒットしました。

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菊地 この本の語るべきポイントはこの2人がクレジットされている意味だと思うんです。いまの新書は養老孟司・著『バカの壁』にはじまって、著者が語ったものをライターが書き起こして刊行する、ということが多く行われているわけで、そういう形でまとめることもできたのに、敢えてそうしていないという点ですね。

 河合さんは著作にヒットも多いので、「聞いてきたことをまとめた」という体裁にして河合さんのお名前だけで刊行するのもビジネス的に考えると有力だと思うんですが、それもやらなかった。お二人のきちんと名前を出すことでこの問題、そして読者と向かい合おうという出版社側の強い意志が感じられます。

黒田 中身を読むと、浅田先生の部分というのはゴツゴツしているというか、多少難しい専門用語も出てきます。甘い言葉で「こうすれば簡単に妊娠できます」というようなことをおっしゃる訳でもなく、エビデンス(証拠)を示しながら丁寧に解説するというスタンスです。
ただそれだけだと読者によっては身もふたもないところもあるんですが、河合さんという読者の関心あるテーマを機敏に取材するジャーナリストが、お医者さんだけではカバーできないような患者さん側の視点を補うことによって読者のニーズに応えるものに仕上げています。これからの科学系の書籍はこういう形がもっと増えてくるのかなと、期待を感じさせるような印象でした。

菊地 本書99ページに「AMH検査」というのがあって「体外受精をした場合の有効性を予想できる検査」というものなんですが、浅田さんはこれに賛成で、その直後のページで河合さんは反対している、というような部分もあります。医学の現実の部分と患者さんたちの心情という部分で相反する…つまり病院など医療の現場で起きているようなことを率直にまとめてあって、それがこの本の興味深い部分かなと思いました。

 こういう相反する部分も提示しているところが、この本の信用につながっているという感じがしますね。

サイエンス系の新書が待ち望まれている

菊地 専門家と読者の関心の橋渡しをするいわゆる「ブックライター」という職業は、日本ではまだまだ認知が行き届いていると言えませんが、アメリカではそういう人も多いようですね。また、向こうでは研究活動の費用を獲得するために研究者が本を書くことも多く、研究家で企業も経営しており、科学ジャーナリストでもあるといった人が数多くいます。こういった著者が「ポピュラーサイエンス」という形で一般向けの本を書くことも多く、結果として書き手が育ちやすい土壌があると言えます。一方、日本では大学などで上から予算が割り振られて活動という形式が多く、それが日本のいいところでもあり悪いところでもあると思うのですが、結果的に一般向けの科学系書籍が書かれる機会が少なくなってしまうと聞きます。

 日本の科学者には名随筆家も多くて、寺田寅彦や湯川秀樹は有名なところですし、うちの角川ソフィア文庫だと岡潔という風変わりな行動で知られる天才数学者がいるんですが、この人が『春宵十話』といった多くのエッセイを書いていてロングセラーだったりします。けっして理系は文章を書けないとか、そんな単純な話ではないと思うのですが、本業の科学をわかりやすく書籍で伝えている例というと、脳科学の本を多く書かれている池谷裕二さんとかは思い浮かぶけど、そう多くない。

黒田 うち(中央公論新社)が主催している新書大賞の第一回(2008年)で、福岡伸一さんが『生物と無生物のあいだ』で大賞を獲られたんですが、これはご専門分野の本業での執筆でした。ただ僕らも第二の福岡伸一さんを探し続けてきたんですが、なかなか見出し切れていない。

 各社、第二の池谷裕二さんや第二の福岡伸一さんを探し続けているわけですがこれはもう長年の課題となってますよね。 今日この話の引き合いにと思って持ってきたのが、最近講談社ブルーバックスで読んで面白かった『研究者としてうまくやっていくには』(長谷川修司・著)です。この本ではサイエンスの研究者がよりよい研究生活を送るためにはこういうことに気をつけなさいと先達の目からアドバイスしているんですけど、ちょっと前だったらここまで言わなかっただろうっていう具体的なアドバイスがたくさん入っていまして。 その中で目を惹く内容が「研究費を自分たちで獲得しなければならない時代なので、説明上手になりなさい」というようなことが、高圧的でなく、むしろ大学の先生が学生を説得するような腰の低いトーンで説明されているところです。こういうのもサイエンスの書き手が増えるための第一歩になるんじゃないかなと期待しています。

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黒田 先達の間でも理科系は発信やコミュニケーションが不得手だという危機感が共有されていたと思いますね。宣伝になっちゃうんですけど、中公新書の『理科系の作文技術』(木下是雄・著)がロングセラーで、つい最近100万部になってそれがニュースにもなったんです。
どう伝えるか、どう書くかといったことに関して理科系の人たちには苦手意識・コンプレックスがあると思うんですが、そこを「理科系」とタイトルに謳うことで手に取りやすくしたのが編集側の工夫だったんですね。そういう理科系の人たちの苦手意識みたいなのをうまく編集者の側もくみ取って、書籍という形にもっていくというような取り組みがこれからますます必要かなと思います。

菊地 読者が簡単には飛び込みにくい学問分野にいわゆる橋渡し役が入ったという書籍で好きなのは『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(ちくま文庫)。遥洋子さんが上野ゼミに入って、その振り幅の広い授業に次々と衝撃を受ける顛末を書いているんですけど、単にドタバタが面白いというだけでなく、当時の学問のあり方だったり、フェミニズムとは何なのか、上野千鶴子とはどういう研究者なのか、といったところがきちんと網羅されていて、結果として上野千鶴子を知る適切な入門書になったように思います。

 トップランナーの思考の中身とかあるいはある専門的な領域というのは、やはり基礎知識がないとわからないっていうのが現実だとは思うんですよね。でもそれで初心者お断りと言って関心ある人を門前払いしてたらその領域にはお客さんが入ってこなくなる。それを一つ緩和するのが対談形式であったり、素人を相手に講義したものを編集する講義形式だったりする。加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』とか半藤一利さんの『昭和史』とかこの手はベストセラーが多く存在します。
講演をまとめるのはある種イージーで、新書界ではありがちとして最近敬遠されているようにも思われるんですけど、サイエンスに関してはもっと積極的にやってもいいのかなっていう気はしますよね。

書籍の需要をいかに見いだすか

菊地 ちょっと話が戻るんですが、去年ドラマになった『コウノドリ』っていう鈴ノ木ユウさんの漫画がありました。もともとは産科医がジャズピアニストだったっていう設定でところどころそうしたエピソードもありましたけど、途中からはかなり産科医や日本の出産現場を描く方向にシフトしたように思います。でも、それくらい産科医をテーマにすることがエンタメに成り得たということだと。同じくモーニングで連載している『カバチ!!!』っていう漫画でも不妊で揉めるエピソードをやっていますし、『はじめまして、愛しています。』っていう遊川和彦脚本のドラマも養子をとることがテーマになっていました。このあたりは団塊ジュニア世代が子どもを持つタイミングになった、そしてそこに向けて作品が作られているということかなと感じています。

 本ってビジネスプロダクトとして見た時に、単行本だと4000部や6000部位の本が多いわけですよね。小説であったり、実用書であったり。ただ新書はその部数で成り立たず、うちも今でも基本は10000部刷っています。それを踏まえると、新書ってある程度お客さんの頭数がいないと企画が成り立たないということです。じゃあ今回のテーマである「不妊治療」ってどうなのかということなんですけど、10代の子が読むわけがないし、逆に50歳以上の方が当事者として読むことは考えにくい。そうすると、主に読むのは30代から40代前半くらい。ずばり団塊ジュニアが頂上として抱えている問題ということですが、ここは数が多い。

菊地 ブルーバックスが持っているレーベルの強さというのもありますよね。一般的な新書よりもともと読者の年齢層が広く、また移り変わりの早い昨今の書店の棚にあって、長く置かれることも多い。少し長いスパンで損益を計算されていらっしゃるんじゃないでしょうか。

黒田 新書らしい新書って言えばいいんですかね、かつてはロングセラーで棚を確保するという戦略が新書のスタンダードだったと思うんですけど。今ではご存知のように新刊が出れば売れない物は1ヶ月で入れ替わりですからね。
今回の本はナイーブなテーマだとは思うんですけど、だからこそ、男性の側も、職場でこういった問題で悩んでいる人がいたらどう働く環境を整えるか、といったワークライフバランスの視点で読んでみてはいかがでしょうか。ある意味、現代の知っておくべき「常識」として案外情報を必要としている読者は多いような気がしますね。

菊地 かつてに比べたら働き方、生き方は多様になっているわけですよね。そうした点でも、今おっしゃったようにいろんな人に読んで欲しい本ではありますよね。

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 不妊治療っていうと女性だけがやるものだと思っていたのが、だんだん啓蒙が進んできて今は男性の精子側にも問題があるケースが多いというのが知られてきました。とはいえ結婚前の男女がそのことを懇々と話すというのはなかなかできないと思うんですけど、男の人でも「将来ちゃんと子供を持ちたい」と思っていながら、少し不安がある人だったら、人には相談しにくいジャンルではあるのでとりあえずこういう信頼性のある本を読んでおくというのはいい方法だと思うし、それに相応しい本でもあると思うんですよね。