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新書座談会

前回に引き続き、今回も光文社新書編集長の三宅貴久さんにご登場いただきます。
聞き手は、角川新書編集長の原孝寿と編集部員の菊地悟です。

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今回の参加者

 先日の編集部の飲み会でいまベストセラーの「夫のちんぽが入らない」のタイトルは弊社でも付けられるかが話題となりました。拝読しましたが、最後まで読んで「なるほど、このタイトルしかないよな」と思えます。弊新書でギリギリな感じのタイトルが出たら「編集者のこれしかない、という思いがネーミングに込められている」と想像していただけたらと思います。

菊地 最近、「関ジャム 完全燃SHOW」(テレビ朝日系列、毎週日曜夜11時15分~)が週末の楽しみです。音楽業界のプロデューサーが出演し、曲作りの上でいかに「現代の感覚を盛り込むか」という点を語るという内容はまさに今回のお題目の1冊に通じるところ。毎週、感嘆の声を挙げながら欠かさず見ています。

三宅 以下のURLは、YouTubeで3600万回近く再生されている、プリンスの演奏動画です。 https://www.youtube.com/watch?v=6SFNW5F8K9Y
ロックの殿堂の式典(2004年)の、ジョージ・ハリスンへの追悼パフォーマンスで、ジョージにゆかりのあるメンバーたちが、手堅く、名曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を演奏するなか、プリンスが異次元のギタープレイを見せます。この演奏の凄さは、視聴してもらえればすぐにわかるのですが、最後のシーン、ギターがどこに消えたのかがわかりません???本当にどなたか教えていただけないでしょうか?

自分の業界に当てはめて読みたくなる本

 今回とりあげるのは、昨年11月に刊行された講談社現代新書の『ヒットの崩壊』(著:柴 那典(しば とものり))です。これは発売当時から、いろいろな方が話題にしていましたよね。

菊地 ここで取り上げることが決まる前に、ぼくも読んでいました。

三宅 やはりタイトルがいいですよね。毎月取次さんから、発売予定の新書の一覧表が届きます。あれをじっくり見るのが楽しみなんですが、11月刊のラインナップ一覧のなかで、タイトルが真っ先に目に飛び込んできました。著者が元ロッキング・オンの編集者というのは、あとから知りましたね。
簡単に内容を紹介すると、音楽のCD市場が崩壊して、音楽業界の収益構造がライブ中心になっていく、すなわち消費者の欲求がCDを買うことよりも、「体験」を買うことに変化していく、それはなぜなのかという分析を、ミュージシャンへの取材を含め、様々な角度から行なっています。CDが売れなくなった=本や雑誌が売れなくなった出版業界にも重なり、本書に登場する音楽業界の現象を出版業界に置き換えて読み進めました。

 タイトルで釘付けにして離さない感じがありますよね。
菊地くんは、もともとマーケティングの本が好きだから注目してたの?

菊地 ぼく、ダイノジの大谷ノブ彦さんの新書を担当したんですが(平野啓一郎氏との共著『生きる理由を探してる人へ』)、柴さんは大谷さんと対談コンテンツを連載しているんですよ。ここ最近の音楽ヒット曲や動向についてPVなど紹介しながら語るというもので、まさにこの新書の根っこになっている連載なんですけど。

 ああ、cakesで連載している「心のベストテン」ですね。

菊地 それでずっと気になっていたのと、実は柴さんが2014年に出された『初音ミクはなぜ世界を替えたのか』(太田出版)という本も読んでました。あれにはすごく衝撃を受けました。まず、「サマー・オブ・ラブ」ってご存じですか?

三宅 1967年の夏にアメリカから始まった、ヒッピーたちによるカウンター・カルチャーのムーブメントですね。時代に残るロックの名盤中の名盤、例えばビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、クリームの 『カラフル・クリーム』、ドアーズのファーストなどがこの年に出ています。

菊地 そうです、そうです。で、もうひとつ、1988年のイギリスで起きたダンス・ミュージックのムーブメントが「セカンド・サマー・オブ・ラブ」と呼ばれているんですが、この『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』は、音楽業界の構造は20年ごとに変化しており、初音ミクの誕生とともに、実は3度目のサマー・オブ・ラブが起きている、ということを主張しているんです。そちらの本がおもしろかったので、著者の柴さんの出す新刊ということで、『ヒットの崩壊』にも注目していたんです。

インターネットが世界にもたらしたこと

 三宅さんがおっしゃったように、本の世界にもあてはまるし、いろいろな業界にも応用できそうなことが網羅的に書いてありますよね。三宅さんはもともと、音楽業界には興味があるんですか?

三宅 よくある話ですが、昔、バンドをやっていました。「イカ天」が始まるよりも前ですが、世の中の流れが、いわゆるバンドブームに向かっていたんですね。原宿のホコ天もまだバンドで盛り上がっていました。80年代後半の話ですが、私自身は同時代の音楽というより、60~70年代のロックが好きで、そういうのばかり演奏していましたね。一応、毎月ロッキング・オンを買って、新しい音楽も追いかけていたつもりですが、会社に入るころ……94~95年あたりからキャッチアップできなくなりました。ヒップホップは全然わかりません……。

 音楽関係の本を編集されたことはあるんでしょうか?

三宅 『創られた「日本の心」神話』(光文社新書)という新書を担当したことがあります。ポピュラー音楽の研究をしている輪島裕介さん(現・大阪大学准教授)という方が書かれたものです。

菊地 その本は覚えてます。「演歌は別に日本人の心のふるさとじゃなくて、レコードや舶来の音楽が輸入されるなかで、イメージごとつくられたものだぞ」という話ですよね。2010年の新書大賞にランクインしていたと記憶しています。

三宅 10位に入りましたね。「つくられた伝統」の話自体はめずらしいテーマではなく、それこそ昨年話題になった『京都ぎらい』(朝日新書)の井上章一さんが得意とされています。でも、音楽ネタではまだ新しかったのかな。それこそ、タイトルも井上さんの『つくられた桂離宮神話』(講談社学術文庫)から拝借したんです。献本したら日経夕刊の書評で絶賛いただき、そこから火がつきました(笑)。

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 じゃあ、もともと関心があったんですね。

三宅 音楽関連で最近読んだ本だと、早川書房さんから出ている『誰が音楽をタダにした?』も非常に興味深かったです。 『ヒットの崩壊』は消費者の変化を中心に書いていますが、『誰が音楽をタダにした?』は、供給側の変化を書いています。CD市場の崩壊の原因のひとつに、新曲を含め、タダのMP3ファイルがネット空間に溢れたことがあると思いますが、自然にそうなったのではなく、ドイツとアメリカにおける、何人かの動きがそういう流れを作ってしまったというノンフィクションです。フリーミアムモデルは誰かが戦略的に作ったものではなく、そして、消費者が求めたからそうなったわけでもなく、運命のいたずらというか、偶然、そうなってしまったということですね。ただ、インターネットの特性を考えると、どの道筋を通っても、結局フリーミアムモデルに行き着いたのかもしれませんが。

菊地 『誰が音楽をタダにした?』も『ヒットの崩壊』も、音楽業界の変化の話であるとともに、インターネットが世界にもたらしたことの話なんですよね。誰でも音楽が作って発表できる環境ができて、今まで一部の企業だけが得られていた利益を誰でも得られるような環境になり、しかもコストも対価も低価格化していった。つまり、「民主化」ということですが。ある意味では、キュレーションメディアもその産物だったんだけど。

三宅 そういう話は、以前から言われていましたが、『ヒットの崩壊』はオープンデータに基づく分析だけでなく、ミュージシャン自身にも取材して書いているところが面白いですね。

 いきものがかりの水野さんなど、有名アーティストへの取材にもとづいた話が要所要所で出てきますね。

三宅 このテーマなら、取材なしで、様々なデータを組み合わせるだけでも十分に書けたと思いますが、それによってさらに説得力が増しています。

「モンスターヘッド」が席巻する時代

 とくに印象に残っている箇所などはありますか?

三宅 本の最後のほうに書かれていた、日本とアメリカの音楽産業の比較ですね。日本の音楽産業が頭打ちになっているように見えるのに対して、アメリカでは、なぜモンスターヒットが出続けるのかという話です。ひとつには、非常にシンプルな理由ですが、やはり英語ではないか。同じく本書で小室哲哉さんが、K-POPの担い手について「彼らは英語力もあるし」と語っているのが印象的です。おりしも『PPAP』が世界中で大ヒットしていたタイミングで、すごく説得力がありましたね。

菊地 インターネットにおいては、2、3の主力商品のみを売るのではなく、ニッチな商品を多種類とりそろえたほうが、総体として得られる売り上げは大きくなるという「ロングテール」理論がありました。でも、結局ロングテールに属する商品ってそこまで儲からなくて、SNSの口コミによって広まっていく一つのコンテンツが総取りする「モンスターヘッド」の世界が訪れているということも語られていますよね。だから、最初からメガヒットをつくるんだという狙いで多額のお金をかけるほうが確実だという。『ブロックバスター戦略―ハーバードで教えているメガヒットの法則』(東洋経済新報社)という本でも論じられていました。

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 大きいマーケットででかいメディアを使ってやらないともうからないという。

菊地 かける金額の大きさですよね。メガヒットを出している書き手に、十分な期間とカネをかけてプロモーションした方が結局はヒットの確率も高いし、収益性が高くなりがちですよ、という話。

三宅 新潮社の、村上春樹さんの新作の展開の仕方がまさにそうですよね。

 そこはこの業界だとどうにも難しいですよね。ただ、本文中にインターネットの普及とともに、クリエイターの寿命が長くなったなんて話もあったじゃないですか。あれは我々にとっても光明だなと感じました。
 消費者側のいろいろなニーズをキャッチしつつ、マスメディアに頼らずに細かいかたちで宣伝を打てるようになったことで、短い周期で入退場していたアーティストたちの寿命が延びた。

菊地 収益の上げ方が多様化したってことでしょうか。ぼくがかつて耳にして驚いたのは「音楽業界でライブの売上が大きいのは、地方でディナーショーをやっている歌手だよ」というのがあったんです。つまり、オリコンチャートで1位とってテレビ出ているような方ではなく、中高年向けのディナーショーを地方でガンガンやっている歌手の方が売り上げが大きい、と。

 人に教えたり副業を持ったりして稼いでも全然いいし、YouTubeをきっかけに昔の楽曲が注目されることもあるし。

三宅 紅白の常連だった小林幸子さんが、ニコ動やコミケに打って出たことで、今は「ラスボス」として若年層に親しまれているのも、そのひとつですね。

 ネットの人になりましたもんね。昔は紅白での居場所がなくなるとすべての終わりと思われていたけど、そうではなくなった。

三宅 さっきモンスターヘッドの話になりましたけど、この本ではミドルボディをとることの大切さも書かれています。ロングテールとモンスターヘッドの中間、10万〜20万といった特定の人たちを、アーティストが自らの個性を発揮し、それに共鳴するファンやリスナーのコミュニティを着実にひろげていくことでとっていく。書籍でも、まずはミドルボディ(音楽業界と桁は違いますが)を狙えるコンテンツを育てていきたいなと思いました。

菊地 そういう話って我々は普段からおもしろく読めるけど、この本が一般向けの新書として成り立って、ちゃんと売れているというのもすごいですよね。エンターテイメントが曲がり角を迎えているのは誰の目にも明らかだろうけれど、それが一般の人々に対してもコンテンツとして成立した、という気づき。

 講談社現代新書って、これまでにもカルチャーの歴史をまとめたような本をときどき出しているんですけど、『ヒットの崩壊』については、批評性とプレイヤー性の両方を持ったかたちで一歩踏み込んで書かれているのがいいんですよね。批評家が書くと分析に終始するし、プレイヤーが書くと「ぼく、がんばります」で終わりがちなので。業界の人が目を離せなかった理由は、その辺りにあると思います。

新書編集者も「コミュニティ」をつくるべきか?

菊地 今、ミドルボディを育てるにはコミュニティが必要という話が出ましたよね。作家のエージェント業をやっている「コルク」さんが、社員の採用にあたって、「編集者ではなくコミュニティプロデューサーがほしい」という話をしていることを思い出しました。自分たちのことをすでに認知しているユーザーを対象にコミュニケーションの頻度をあげ、ロイヤリティをあげていくやり方というのは、たしかに求められている。

 コルクの佐渡島さん、所属社員の評価をTwitterのフォロワー数だけで決めるなんていう発言もされていましたね。これはモンスターヘッドのコンテンツを扱う会社だと厳しいですよね。成果が一人の力によるものかってわからないから。

三宅 角川新書さんもうちも、公式ツイッターで新刊情報などをツイートしていますが、以前に比べて反応はよくなってきていますか?

菊地 うーん、フォロワー数は増えてますが、そんなに反応が「いい」というほどの感じではないですね。

 一時期は目新しさもありましたけど、今はSNSもいきわたって、プラスアルファの効果が得られるものというより、デフォルトで必要なツールと化していますよね。特定の書評家や書店員さんが気にしてくださって、イベントのお声がけをいただくこともありますが……。

三宅 やって当たり前で、やらないと出遅れるものだと。

菊地 こういう新書座談会をウェブサイトにUPしたときも、それを告知するツールがないと、なんにもならないんですよね。でも、当たり前ですけど、広がるかどうかはコンテンツの面白さ次第です。その意味では、公式アカウントはあってしかるべしだと思うんですけど、今の使い方としてはそれだけとも言えます。

 今の文春公式……文春くんのようなことをやるほうが本当はいいと思うんですけど。朝、コンテンツがなくても「おっぱよ〜」と言うのが流れたりとか(笑)。

菊地 シャープやタニタのような個性的で、「中の人」の人格を全面に出した企業アカウント、いわゆる「華麗なる公式」も話題になりましたよね。今ではこうした企業SNSの運用に関するコンサルタント的な仕事もある、と聞いています。

三宅 ネタとして自分を出して、公式アカウント自体のコンテンツ性を高めないと、人を集められない?

菊地 SNSにおいて、たとえばツイッターで、RT数で目標設定してもあんまり意味がないと思うんですよね。やっぱりもともとの公式サイトに見に来てもらったり、本が売れたりしないとしょうがない。でも、自分たちのところも含めて、新書レーベルの各ツイッターは明確な目的を決められずに、ふんわりした運用になっている気がします。

新書における「体験」とは何なのか?

 新書業界の話をさらにすると、去年元気だったのはSBクリエイティブさんのSB新書だなと思っていて。堀江貴文さんの『本音で生きる』がよく売れてました。いま、ダブルカバーをどこでもやるようになってますけど、SB新書は単行本みたいに普通にカバーを作るようになった。

菊地 前回も幅広帯や全帯の話を少ししましたね。余談なんですけど、新書で初めて全帯をやったのは、光文社新書の『非属の才能』(著:山田玲司)だったと記憶しています。そしてさらに遡ると、フィクションの文庫で吉田修一さんの『悪人』が、映画キャストのビジュアルの全帯を使って展開し、フィクションのほうでその売り方が広がっていった流れがあるんですよね。で、実はぼく、もっと前にこの全面オビをやっている書籍を発見して……昭和46年に発行された『沈黙』の単行本なんですよ。

 えっ!

菊地 今日、歴史的資料として持ってきました。

三宅 へー、ハコに帯をかけているんですね。

菊地 折しも新しい『沈黙』の映画が上映されているこのときに、全帯が「悪人帯」ではなく「沈黙帯」なんだということを宣言したくて(笑)。

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三宅 すばらしいストーリーですね(笑)。流行は繰り返すという。

 帯の変化にかぎらず、新書業界でもいろいろな売り方が模索されてますけど、やはりヒットをつくったことのある出版社のほうが売り方をわかってるなと感じます。

三宅 『ヒットの崩壊』では「体験」の重要性が強調されていましたが、新書業界で体験を提供するとしたら、何をやればいいんでしょうね。サイン会とかトークイベントは、音楽ライブの一体感とはちょっと違いますよね。

 パッと思いつくのは天狼院書店さんですかね。写真部をやって写真の本を売るというように、コミュニティと結びつけて書店をやっている。

菊地 アメリカではよく著者朗読会をやっていますよね。でも、日本で成立するかはわからないけれど。

 イベントをやるにもハコがないという問題もありますよね。今は書店さんにお世話になることが多いですが、お互いに配慮する点も多いです。とはいえ、一般のイベントスペースでやるとバック率が低くて成立させにくい。

菊地 近場のカフェを人の少ない時間に安く借りて開催することが多いらしいとも聞きました。

 そういう流れが日本でももっと増えていくといいですよね。昨年話題になった新書で『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン)ってあったじゃないですか。

三宅 あー、ロマン優光さんの。

 れは自分が読むだけじゃなくて、人といろいろ語り合いたくなる本なんですよね。それでSNSでも話題になってたし、ぼくも書店でのイベントに足を運びました。「しゃべりたい」欲望を生み出すテーマというのは、「体験」につながるかもしれないなと思いました。
ただ、コンテンツの好みって、周期があるんですよね。うちの会社だと4年周期だと言われることが多いのですが、これからもっと重厚なものが好まれるタイミングもやってくるのかなとは感じます。

三宅 書き手なのかテーマなのか、何が変わるのかまではわからないですけどね。

 新書の難しいところは、どんどん新しい本をつくっていかないといけなくて、一度「これでいける」という完成形をつくっても、自ら崩していかないといけないところ。

三宅 同じことやっていると、本当にうまくいかなくなるんですよね。小さなことでも成功体験があると、ついついそれを踏襲してうまくいかなくなる。タイトルのつけ方でもそうです。この年になるとなかなか難しいんですが、いかに自分に特有のものの見方とか考え方とかを捨て去って、新しいことにチャレンジしていけるかですね。先ほど挙げた3枚の名盤も、今でこそ古典ですが、同時代の人たちはその革新性に驚いた。だからこそ、大きなムーブメントにつながっていった側面もあるわけです。そういう本を作っていきたいですね。