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新書座談会

自社以外のオススメの新書をピックアップして、ざっくばらんに語り合う「新書座談会」。今回は1月刊の新書から、森博嗣さんの『夢の叶え方を知っていますか』(朝日新書)を取り上げます。(構成・平松梨沙)

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■今回の参加者

 今回の座談会は候補作が多くて難しかった。藤代裕之さんの『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)も今この時期だからこそ、というべき一冊です。座談会としてはけっこう繰り返してるメッセージが多くなるので見送りましたが、ネットの諸問題を知りたい方にはオススメです。

菊地 30代も折り返したところ、「不惑」の40歳が近づいてきました。「日本人男性は『40歳時点』が一番幸福度が低い(当人が感じていない)」なんていう調査結果もあるようで。ぼくは週末にただひたすらサッカーの試合を見ています。

藏本 気が付いたら30歳。「なぁ。なに人生考えてんだよ。てめぇ、人生考えてる暇あったら客みつけてこいよ」 就活生に大変参考になるお仕事小説『狭小邸宅』(著・新庄耕 集英社)の一節です。編集者は人生考えることが仕事に直結するので本当に恵まれています。

1日1時間しか仕事をしない人気作家が語る「夢の叶え方」

 今回の座談会では、2017年1月に出た新書のなかから選んだ1冊、森博嗣さん『夢の叶え方を知っていますか』(朝日新書)について語ることにしました。しばらく座談会から離れていた編集部の一番の若手の藏本くんも参加します。

藏本 お久しぶりです。もう30歳になりました。よろしくお願いします。

 朝日新書さんは、2016年度の数字がかなり良いレーベルです。森さん含め、売れっ子著者や人気作家、有名人にもれなく当たっている。これだけのラインナップを揃えるのは大変だろうなと感じますし、編集部全体に活力があることがうかがえます。

藏本 母体が朝日新聞というブランド力もあるんじゃないでしょうか。大物を呼んだ朝日新聞主催のシンポジウムの内容を新書化するなど、「その手があったか!」という工夫をされている(『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』エマニュエル・トッド)。

 たしかに新聞や古くからの雑誌のつながりはあるかもしれないけど、今の新書って、出版のなかで一番激しい競争市場だと思うんだよね。もはや既得権益なしで、各社何の負い目もなく、みんなで殴り合いしているともいえる。その中でシェアも伸ばしてこれだけの著者をそろえている朝日新書さんにはいろいろ見習いたい点が多いと思うわけで、今回セレクトしたということもあります。

菊地 書き手の森博嗣さんの説明をしましょうか。

 『すべてがFになる』(講談社)を読んだことがある人が多いんじゃないでしょうか? 武井咲さん・綾野剛さん主演でドラマ化もされましたね。本業は建築学の先生というだけあり、非常に理系的なロジカルな仕掛けのある小説を書かれる方ですが、エッセイもたくさん書かれている。

菊地 新書もこれまでに10冊以上出されてますね。2015年11月に出版された『作家の収支』(幻冬舎新書)は画期的でした。

 自分が本を書いた結果いくら儲かったかという収支を、部数まで含めて表にして公開して語っているという本です。あの本は編集の仕事をしている人なら知っておいて損はない本でもある。作家側の立場をあますところなく書き記している驚きの一冊です。

藏本 そして本当に話の仕方が明晰な方ですよね。

 森さんはロジカルで飄々としていて、普通の人がモヤモヤして言葉にできないことをピシッと言語化してくれるところがあるよね。読んでいて納得のいく、無理のないロジックのもとに話を進める方だなという印象が、『作家の収支』の時にもすごく感じました。

菊地 『作家の収支』によると、作家デビューしたその年にまず1000万円が印税として振り込まれ、デビュー5年後に年収が1億円を突破した、と。その後300冊以上の著書を刊行。数年前に引退を発表したものの、引退発表後もなんだかんだ1年に10冊程度は本を書いてらっしゃいますね。筆が速い。

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藏本 デビュー作の『すべてがFになる』なんて、1週間くらいで書いたって書いてありましたよね。

 『すべてがFになる』の原稿を編集者に見てもらっているときにはもう3冊目を書いていたとも。執筆業での成功や名声に関心はなかったから、バイト感覚でどんどん執筆していたという。

菊地 そんなふうに億単位を稼いで、今や60歳を前にして、1日の1時間以内しか仕事をしない隠遁生活に入っている。『夢の叶え方を知っていますか』はそういう人が書いた本だというのは、今回の大前提ですね。

夢は「スライド」してかまわない

 まあ内容を先取りして言ってしまうと、森さんの夢は「自分で作った遊び道具や乗り物で遊ぶこと」なんだよね。それでご自身のおうちに庭園鉄道を作っちゃった。森さんにとっての自分の夢を、森さんがどうやって達成していったかということがまず書いてあるのが今回の新書。 そのうえで、「一般の人が思い描く夢」が何故叶わないかについてもいろいろな面から周到にアドバイスされています。

藏本 この本で森さんは、二つの立場から語っているんですよね。一つは夢を叶えてきた人間として。もう一つは、大学教員として若い人たちをたくさん見てきた経験を通して、若者の夢を応援する立場から。

菊地 率直な話、これだけうまくいくのはレアケースだなとは思います(笑)。でも、森さんのすごいところは一貫して自分がブレないところ。「周囲を気にしない夢」「昨今は他者を気にしすぎる傾向にある」とご本人も言っている。ぼく自身、身につまされる内容ではありました。

藏本 辛辣な分析も多いですよね。ぼくがまず目に飛び込んできたのが33ページの<「特になりたいものはない」「別に決めていない」「そのときになってみなければわからない」という答は、どこか投げやりで、そんな台詞を吐く冷めた若者は、きっと社会から歓迎されない>という箇所です。夢を語ることを強いられる就活生の皆さんも読むでしょうけど、身もふたもない残念な社会の現実を直言している。

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 本書執筆のためにアンケートしたという、ウェブサイトに寄せられた一般の方の夢に対するアドバイスも、かなり辛辣だよね。

菊地 森さんの特徴として、「職業の夢を持っていなかった」ということがありますよね。ぼくは雑誌編集者になりたくて出版社に就職しましたが、営業を経て今は書籍編集をやっていますけど、この職種への執着は特にありません。立場はまったく違いますが、シンパシーを感じるところも多々ありました。

 「夢は消えてしまうこともある」という話、後半で出てきたね。時代が変わることで消滅してしまう夢はあるけれど、そのためのプロセスが他の何かに生きることはあるし、そういう点で、夢がスライドするのは悪いことではないと仰っています。 菊地さんは、最近『うつヌケ』というマンガの担当をしてヒットを飛ばしています。これはウェブで連載したものだったよね。

菊地 そうですね。

 2017年現在、紙の雑誌はもうそれぞれ「専門誌」に近いものになってしまって、ニッチな読者にこたえるためのセグメント化に必死になっている。だから、昔我々が読んでいたような雑誌、菊地くんが編集したいと考えていた雑誌は、それこそウェブにスライドしている。いわゆる「雑誌ビジネスモデル」はなくなってしまったかもしれないけれど、今、菊地くんがやっていることというのも、夢のひとつのかたちなんじゃないかな。

ほとんどの人は夢をうまく思い描けない

藏本 原さんの夢は何でしたか?

 「科学者になりたい」なんて漠然と思っていた頃もあったけれど、大学時代には文芸編集者になりたかった。ただ入社して何年かは制作という編集のサポート部署にいて、先輩編集者の仕事ぶりを見ているうちに、自分には文芸編集は向いてないなと悟った(笑)。

藏本 どういうところが向いてないと思ったんですか?

 作家と伴走する仕事で、それを人によっては30~50人の作家に対して同時並行でやっていくわけだけど、当時自分の持っていた「こだわり」に触れていくことは物理的にできないと思ったんだよね。もちろん、こだわりをキチンと満たしながら成功する天才編集者もいるけど、自分には厳しいというのはさすがに分かった。 そうこうしているうちに新書ノンフィクションの部門へ移ったら、こちらの方が自分のやりたいことに近くて向いているなと思った。結果10年以上続けることになり、編集長になって今に至るという。

藏本 もう文芸編集になりたい気持ちはないと。

 森さんのように早くから自分のやれること・やりたいことに気付いて人生設計ができていれば……とむしろ思うね。それだけでも森さんはすごい人なんだけど。

藏本 まあ、ほとんどの人は夢を描くところすらうまくできないんですよね。

 藏本くんはどうだったの?

藏本 大学に入ったころは警察庁に行きたいと思っていたんですよ。

 さすが東大法学部。

藏本 『金田一少年の事件簿』の「明智警視」にずっと憧れてて(笑)。でも突き詰めて考えた時に「要は、俺に影響を与えたのは本やマンガなんじゃないのか?」と気づいて。そこに学生時代の大学新聞をつくってた活動経験が加わって、ノンフィクション編集に流れていったという感じですね。「うまく流される」というのは大事だと思っています。著者さんを見ていても、そういう方がいますし。

菊地 たとえば、どんな方?

藏本 ぼくがご一緒している中では、齋藤孝先生ですね。現在は最も著名な方の一人ですが、20代のころは教育学のなかでもマイナーな身体教育の一研究者で、ほとんど読者のいない論文を書いて30歳のときにまだ非常勤講師。その後明治大学で常勤採用になってから、「自分に求められていることは何だろう?」と考えて一念発起。とにかく学生が楽しめる授業をしようとし、そして一般向けの本も書くようになり、『声に出して読みたい日本語』を出版。 大ベストセラーになって、いまの地位があるという(この辺りは新刊『文脈力こそが知性である』に書いています)。森さんみたいにきっちり夢を描ければいいけれど、そうじゃない人はまず飛び込んでみる、その中で自分に求められることをやっていくということも重要なんじゃないかとも思いました。

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 「職業的な夢は他者との競争になる」ので、そのままだとうまくいかないことは多いと森さんも書いているよね。一方で、「趣味」についての夢は他の人の干渉を受けないもの。ぼく自身の人生を振り返ると、それにもっと早く気付ければよかったなと思う。うち、実家が九州なんですけど親が厳しくて。何をやりたいと言ってもバカにされたんですよ。

菊地 九州についてのエピソードとして「女は四大に行かせない」と話す親が今もいるなんて話を聞いたことはありますけど、男の子に対してもなんですね。

 親の批判をしたいわけじゃないんだけれど、子どものころからあまりに自分のやることをバカにされたことで、どうしても「自分で試行錯誤してモノを作る」ということをせずに、ありものに飛びつく癖があった。30くらいまではずっとその癖が抜けなかった。 なので、たとえば堀江貴文さんとかcakesの加藤さんとか、同世代でも子どものころからプログラミングなどに親しんで自分でアイデアを形にできる人がいて、今の仕事でもいかしているようなプロフェッショナルの話を聞くとうらやましいわけです。

菊地 今はだいぶ手軽にできますけど、昔はかなり複雑でしたから、子どもが続けるのも大変でしたよね。

 そうそう。今でこそプログラミングとか電子工作を趣味でやってるし、そのほかだと書籍とかの組版を自分でしてみたいと思ってたけど、個人で買うにはなかなか機材類が高かった(笑)。今はAdobeの全てのソフトが月5000円で使えるようになって、しかもクラウドなので家でもオフィスでも使える。テクノロジーのほうからこちらに歩み寄ってくれたので、それを契約してInDesignでミニコミを組んだりしてます。今やっと自分にとっての20代が始まった!という感じ。

みんな、「自己満足」を大切にしていない

藏本 菊地さんが冒頭で森先生のブレのなさ、「周囲を気にしない」ことの徹底について話してましたけど、ぼくもこれは森先生の話のなかで一番大事なことだと思っていて。「自分に求められることをやる」とは別のレイヤーの話として、みんな他人を気にしすぎて「自分自身の満足」を大切にしていない印象があります。話題の映画について好き・嫌いを言うのにすごい気を遣うとか。SNSによって他人の状況を容易に見られるようになった影響が大きいんでしょうけど。

 たしかに最近Facebookを見るのが苦痛だなと感じますね。「オレやってます!」ってアピール、そんなに必要? って思う。毎日面白いことが起きるなんてこともないし……。

菊地 いろいろなSNSのなかでも、Facebookだとその傾向はとくに強いですよね。ぼくはFacebookでは仕事の告知や報告くらいしか書きませんけど。いろいろな人の投稿に対して「いいね!」を押すのは徳を積む作業だと思って割り切ればいいんじゃないですか(笑)。

 なるほど「徳を積む」! それはいいこと聞いた! 心が狭いだけかもしれないけど、あそこの飲み会の写真とかにしょっちゅうイラッとしてるんだよね(笑)。別に勝手に飲んでればいいのに、なぜSNSで見せるんだと。告知なら楽しく読むんだけど、結果はどうでもいい。Facebookって告知よりも「◯◯のイベントで誰々さんと会いました!」という事後の報告が多いよね。うっとうしい。

藏本 「出会いに感謝!」とかですね。

 Twitterの方が事前の告知が多くてこちらもアクティブなコミュニケーションがとれるので、ぼくはTwitterのほうがやりやすいですね。

藏本 でもFacebookって一度つながると外すのがやりにくくないですか?

菊地 フォローを外しちゃえば友だち関係は続けてるままで、相手の投稿が自分のタイムラインに流れなくなるよ。

 こちらはこちらでされてるだろうなと思いますね。半分くらいの人は、ぼくの投稿を見てないんじゃないかなあ。

「自分と向き合う」時間が、夢をかなえてくれる

 森さんが新書のなかで、パッと書いた小説をパッとサイトにアップしてちょっとした『いいね!』で満足するようなことを繰り返していると、逆に大きなチャンスを逃すんじゃないかと言ってましたよね。これはすごく説得力がある。

菊地 つまり、他人を気にしないことというのは、「自分と向き合うこと」でもあるんですよね。『夢の叶え方を知っていますか』は「夢」がテーマの本ですが、見出しも本文も全て「自分と向き合うこと」について書いてある。現代においては、自分と向き合う時間が必要なんだと実感しました。

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 とにかく情報過多な時代だからね。ぼくがギクッとしたのは「数年前に読んだ本や映画の内容を覚えていない。それは自分で主体的に向き合っていないからだ」というところ。ちゃんと向き合って咀嚼してないから簡単に忘れるんだよな……とけっこう本気で反省しました。

藏本 「自分と向き合う」という話自体は、小説家の先生の新書でよく見かける気がしますね。平野啓一郎さんの『私とは何か―?「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)もそうじゃないですか。研究者や専門家の新書だと、物事の背景を論じて分析してこれからどうなるか……という一直線の展開をするけれど、小説家の先生が書かれる新書は、自分たちが日々やっていることの足場をとらえなおすようなものが多いのかなと。

菊地 たしかに。

 ふだん考えずに生きていることに対して考える時間をくれる。ある意味では新書だからこそできることだよね。ビジネス書だとこうはいかない。

藏本 内田樹さんの『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)のまえがきにあった、<「入門書が面白い」のは、そのような「誰も答を知らない問い」を巡って思考し、その問いの下に繰り返しアンダーラインを引いてくれるからです>というくだりが好きで。「目標を立てよう」とか、前へ進むための力をくれるのがビジネス書であるのに対して、なんとなく重ねている日常生活に「それでいいのか」と問いをなげかけてくれるのが入門書としての新書の理想のあり方ではないかと。

 そうやって「問い続けられるだけのもの」が自分にとっての「夢」なのかもしれないね。